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湯気の向こうに 第1章 湯気のない朝

湯気の立たない味噌汁をひと口すすると、仁は舌の奥で小さくしかめた。 冷たいわけではない。けれど、ぬるい。電気ポットのお湯で溶いたインスタント味噌汁は、いつもこんな温度だ。だが、今朝はとりわけ味気なく感じた。 佐伯仁、六十八歳。定年まで勤め上...
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会社倒産からの船出 第8章:再出発の朝

冬が明け、街に春の気配が漂い始めた頃、智也は自宅の書斎で、ひとつのメールを読み終えていた。 「三浦様、貴媒体を拝見し、ぜひ取材をお願いしたく……」 某業界誌からの掲載依頼だった。個人で運営していたアフィリエイトメディアが、ついにメディアとし...
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会社倒産からの船出 第7章:転機

初夏の風が網戸越しに部屋を通り抜けていく。三浦智也はパソコンの前で、後輩からのメールを見つめていた。 「よかったら、うちのプロジェクト手伝ってもらえませんか?」 送り主は、かつて同じ広告代理店で働いていた後輩・藤原だった。今はスタートアップ...
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会社倒産からの船出 第6章:数字の向こうにいる人

午前五時、目覚まし時計よりも早く目が覚めるのが、最近の智也の日常だった。父の入院と介護施設への入居が決まり、生活のリズムがようやく整ってきたとはいえ、胸の奥に巣食う焦燥感は消えない。 パソコンを立ち上げ、アナリティクスの画面を開く。昨日公開...
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会社倒産からの船出 第5章:光と影の交差点

父の病状が急変したのは、初めて月五万円を超える収益を得た翌週のことだった。 「三浦さん、今お父様のことでお時間いただけますか?」 訪問看護師からの一本の電話が、智也の朝を打ち砕いた。 「先ほど様子を見に行ったところ、意識が少し混濁していて。...
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会社倒産からの船出 第4章:ゼロからの発信

最初の報酬「36円」に感激した夜から、三浦智也の生活には小さな変化が生まれた。以前は午前中をぼんやりと過ごしていたが、今では朝食をとるとすぐにパソコンの前に座り、昨日の記事の見直しや新しいネタのメモに取り掛かっている。 だが、現実は甘くない...
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会社倒産からの船出 第3章:クリックの向こう側

深夜の台所で、お湯を沸かしながらスマホを弄っていた。白湯を飲む癖がついたのは、胃が弱くなったからか、それとも空腹をごまかすためだったか。窓の外では雨が降っていた。静かな、寂しい夜だった。 何気なくSNSを眺めていると、ある広告が目に止まった...
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会社倒産からの船出 第2章:日雇いと介護

三浦智也は、朝四時の薄暗い空気の中、自転車をこいでいた。向かうのは、郊外の工業団地にある倉庫。週三回の荷降ろしのアルバイトだ。 時給は千百円。五時間勤務で、手取りは交通費を除いて四千円にも満たない。それでも、何もないよりはましだった。 「お...
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会社倒産からの船出 第1章:終わった肩書

三浦智也は、十年以上勤めた広告代理店のプレゼンルームにいた。照明が落とされ、ホワイトスクリーンにプロジェクターの光が投影される中、彼の声だけが静まり返った会議室に響いていた。 「……つまり、生活者目線の訴求が、いま求められている価値です。単...
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65歳AIとネット販売 最終章

最終章「未来を継ぐもの」夏の終わり、風がほんの少しだけ涼しくなり始めた頃。
正吉はひとり、倉庫の前に立っていた。「こんなに大きゅうなるとはのう……」最初は自宅の一角だった。
それが今では、職人たちと使う共同作業場、商品管理倉庫、オンライン受...