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湯気の向こうに 第4章 午後三時の訪問者

梅雨の晴れ間にしては、気持ちのよい日差しが窓辺に差し込んでいた。 午後三時、壁掛け時計が小さく鳴ると同時に、インターホンが鳴った。 仁は新聞を脇に置いて立ち上がる。来訪者は珍しくなかったが、事前の連絡もないこの時間に来るのは、そう多くはない...
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湯気の向こうに 第3章 傘を忘れた午後

梅雨入り前の、不安定な空模様だった。 朝の天気予報では「曇りのち晴れ」。だが、昼を過ぎる頃にはすっかり空が陰り、遠くで雷鳴のような音が響いていた。 仁は公民館の玄関先で、空を仰ぎ見た。「これは……降りそうだな」 そうつぶやいたが、傘は持って...
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湯気の向こうに 第2章 公民館の扉

日曜の午前、公民館の前に立った仁は、緊張で指先が妙に冷たくなっていることに気づいた。「ったく、料理教室ごときで……」 苦笑しながらも足は止まる。建物のガラス戸の向こうには、すでにエプロン姿の数人が見えていた。 にぎやかすぎず、静かすぎず、ち...
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湯気の向こうに 第1章 湯気のない朝

湯気の立たない味噌汁をひと口すすると、仁は舌の奥で小さくしかめた。 冷たいわけではない。けれど、ぬるい。電気ポットのお湯で溶いたインスタント味噌汁は、いつもこんな温度だ。だが、今朝はとりわけ味気なく感じた。 佐伯仁、六十八歳。定年まで勤め上...