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『春の風が、名前を運ぶ日』第5章「春の風が吹いた日」

桜が散り終えた図書館の前庭に、春の終わりを告げる風が吹いていた。 新緑が芽吹き、若葉のにおいが空気に混じっている。 「この風、覚えてますか?」 健一がそう尋ねたのは、久美子と並んで座るベンチの上だった。 「ええ。ちょうど一年前、あなたとここ...
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『春の風が、名前を運ぶ日』第4章「桜の木の下で手を取って」

四月の初め、町の桜並木は今が盛りだった。 満開の花びらが風に舞い、まるで空から雪が降っているかのような光景。 そんな中、久美子と健一は並んで歩いていた。 「すごいですね……こんなに咲いてるの、久しぶりに見たかもしれません」 「ええ。毎年見て...
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『春の風が、名前を運ぶ日』第3章「名前を呼ぶ練習、ふたたび」

図書館の中庭にある小さな休憩スペース。 植え込みの間に木製のベンチがあり、そこだけ春がぽっかりと咲いたように、陽射しがあたたかく満ちていた。 久美子は、そのベンチで文庫本を読んでいた。 ページの隅には付箋が挟まれ、読み返すたびに目を留める言...
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『春の風が、名前を運ぶ日』第2章「図書館の春支度」

図書館の窓辺には、春の光がふわりと降り注いでいた。 江原久美子は、木の窓枠を拭きながら、あたたかさの増した空気を肌で感じていた。 「春の装飾、そろそろ始めましょうかね……」 カウンター横の壁には、昨年と同じ「春の読書フェア」の文字がかすかに...
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『春の風が、名前を運ぶ日』第1章「ベンチの隣に咲いた花」

春の風は、冬の冷たさをやさしく押し返すように町を撫でていた。 公園の並木道では、早咲きの桜がぽつぽつと花を開き、ベンチのそばでは小さなチューリップが陽射しを浴びていた。 「春って、こんなにやわらかかったかしら……」 江原久美子は、図書館の仕...
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『冬の灯りに、ふたりの影』最終章「冬の陽だまりと、ふたりの行方」

最終章「冬の陽だまりと、ふたりの行方」 冬の図書館は、思いのほか陽が差していた。 風は冷たいが、ガラス越しに届く光はやわらかく、窓辺の読書席にはぽかぽかとしたぬくもりが溜まっていた。 久美子は、その席で健一を待っていた。 今日は、ふたりで出...
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『冬の灯りに、ふたりの影』第4章「ストーブの前で思い出話」

「どうぞ、遠慮なく入ってくださいな。こたつだけは立派なんですから」 久美子の家に、健一が初めて足を踏み入れたのは、小雪が舞う静かな午後だった。 小さな平屋の家は、築年数こそ古いが、玄関先に置かれた鉢植えや、干し柿が吊るされた軒下が、どこか懐...
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『冬の灯りに、ふたりの影』第3章「凍える道の上で」

図書館へ向かう途中、江原久美子は足を止めた。 昨夜降った雪が、細い歩道にまだ残っている。日が昇っても気温は上がらず、地面は薄く凍りついていた。 ——健一さん、大丈夫かしら。 昨夜、短い電話があった。 「ちょっと寒気がしてね。今日は家で休もう...
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『冬の灯りに、ふたりの影』第2章「マフラーと手紙」

冷たい風が図書館の窓を揺らしていた。 その日、江原久美子はカウンター業務の合間を縫って、小さな箱を包んでいた。 淡いグレーの包装紙に、細い赤いリボン。冬らしい、やさしい組み合わせだった。 その中身は——手編みのマフラー。 「こんなふうに人に...
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『冬の灯りに、ふたりの影』第1章「暖炉の部屋で」

図書館のドアを開けると、冷たい空気が背中を押し戻してくるようだった。 吐く息は白く、玄関のガラスには冬の結晶が小さく広がっている。 森田健一は、手袋を外してストーブの前へと向かった。 図書館の職員用休憩室にあるその小さな電気暖炉は、静かに赤...