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『冬、ふたりで灯す灯り』第5章:灯りを灯す夜

旅の最後の夜、ふたりはペンションの一室にいた。 チェックイン時に渡されたランタンが、部屋の小さなテーブルの上でゆらゆらと揺れている。 この宿は、あえて部屋の照明を控えめにし、キャンドルやランタンの灯りで過ごすことをコンセプトにしていた。 外...
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『冬、ふたりで灯す灯り』第4章:冬の市と、消えない香り

軽井沢駅前の広場では、その日「冬の市」が開催されていた。 地元の人々が出店する手作りのマーケットで、編み物や焼き菓子、木工品、香水、ハーブ製品などが並んでいる。 テントの端からは白い湯気が立ち、スープの匂いとシナモンの甘い香りが風に乗って運...
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『冬、ふたりで灯す灯り』第3章:凍る湖と、焚き火の声

昼過ぎ、ふたりは小さなバスに揺られて軽井沢の郊外へと向かった。 目的地は「氷湖(ひこ)」と呼ばれる、人里離れた小さな湖だった。厳冬期には湖面が完全に凍り、真っ白な風景が広がるという。 降り立ったバス停には、雪がうっすらと積もっていた。吐く息...
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『冬、ふたりで灯す灯り』第2章:雪の書店、ふたりの本棚

翌朝、窓の外が白く霞んでいた。 前夜のうちに雪が降ったらしく、浅く積もった粉雪が木々の枝や屋根を柔らかく覆っている。「雪、ですね」 旅館の朝食を終えたあと、真理子が窓を見ながらつぶやいた。「せっかくなら、軽井沢銀座の古書店を覗きませんか? ...
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『冬、ふたりで灯す灯り』より第1章「冬のはじまり、手紙の街で」

冬のはじまり、手紙の街で 駅のホームに降り立つと、顔に冷たい風がふれた。 吐く息は白く、冬が本格的にやってきたことを、身体が実感する。 真理子は首元のストールをきゅっと巻き直し、キャリーバッグの取っ手を握った。軽井沢の町は雪こそないが、空気...
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『秋、ふたりで歩く道』最終章:風の音、ふたりの道

旅の最終日。 宿の朝食を終えると、ふたりはゆっくりと川沿いの道を歩いた。空気は一段と冷たく、紅葉も少しずつ葉を落としていた。風が吹くたび、カサリと乾いた音がする。「この音、好きなんです。さびしいのに、どこか優しい」 真理子が言った。「風の音...
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『秋、ふたりで歩く道』第4章:落葉の温泉街

観光列車の終点から、さらにバスで三十分。 ふたりが降り立ったのは、山間にある温泉街だった。川沿いに続く石畳の道、古い木造旅館、そして色づいた紅葉。落葉が静かに舞い、旅情をそっと深めていた。「ここは、もう何年も前に妻と来た場所で……それ以来で...
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『秋、ふたりで歩く道』第3章:観光列車と小さな冒険

次の日、誠から提案があった。「よかったら、観光列車に乗ってみませんか。紅葉が見頃のルートで、沿線には昔ながらの集落や名所もあって……きっと、気に入ると思います」 真理子は一瞬迷ったが、すぐに頷いた。誰かと電車で出かけるなんて、何年ぶりだろう...
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『秋、ふたりで歩く道』第2章:静かな美術館の午後

駅から歩いて十五分ほど、小高い丘の上に建つ小さな美術館は、町の芸術祭の一環として開放されていた。 入口の木製ドアを押すと、木の香りと、ほんのり漂う絵具のにおいが鼻をくすぐった。足元はすべて木の床で、歩くたびに控えめな音がする。その静けさが、...
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『秋、ふたりで歩く道』第1章:木漏れ日のホームで

小さな無人駅に降り立ったとき、空の青さと澄んだ空気に、真理子は思わず深呼吸をした。 信州のこの町には、夫と毎年、秋になると訪れていた。紅葉と温泉と、なにより、静けさが好きだった。だが、夫が亡くなってからは足が遠のいていた。今日は七回忌。よう...