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愛は終わらない、暮らしも変わる  第2章 それぞれの今

風鈴の音が、涼しげに軒先で揺れていた。 誠一の家は、昔ながらの木造平屋。庭先には紫陽花が色づき始め、初夏の訪れを静かに告げていた。「今日は、いい風ね。」 縁側に腰かけた涼子が、冷えた麦茶をすすりながら呟いた。誠一はうなずき、テーブルに置かれ...
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愛は終わらない、暮らしも変わる  第1章 還る場所

春の風が、駅前の桜並木を優しく揺らしていた。68歳の涼子は、久しぶりに故郷の町に戻ってきた。都会の喧騒から離れ、静かな時間を求めての帰郷だった。駅前の小さなカフェに入り、窓際の席に座る。注文したコーヒーの香りが、懐かしい記憶を呼び起こす。ふ...
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湯気の向こうに 【最終章】新たな朝

朝の光が、ゆっくりと仁と澄子の住む家を包み込んでいた。窓辺に置かれた鉢植えの緑が、優しく揺れる。「おはよう、澄子さん」仁がコーヒーを手に、リビングに入ってくる。「おはよう、仁さん」澄子はテーブルの向こう側で、穏やかな笑みを浮かべていた。二人...
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湯気の向こうに 第7章 想い出の場所で

夕暮れの光がゆっくりと街路樹の葉を染めていく。仁はその温かな橙色の景色を見つめながら、落ち葉の敷き詰められた歩道を歩いていた。手の中には、小さな箱があった。この場所は、澄子と初めて出会い、一緒に歩いた思い出の公園。そして今日、ここで二人は新...
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湯気の向こうに 第6章 それぞれの余白

日曜の午後、仁は澄子の家の前に立っていた。 小さな門を開けると、庭には夏の花が咲いていた。控えめに揺れる紫陽花、鉢植えのミントの香り。暮らしを丁寧に重ねてきた人の庭だと、すぐにわかった。「いらっしゃい、仁さん」 玄関を開けた澄子は、エプロン...
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湯気の向こうに 第5章 湯気の向こうに見えた顔

七月の風が湿気を含んで、肌にまとわりつく。仁はそんな重たい空気を払いながら、商店街を歩いていた。 手には、スーパーで買ったばかりの食材。豚肉、長ネギ、木綿豆腐、そしてしめじ。今夜は鍋にする予定だった。 料理教室で澄子に教わった「夏でもおいし...
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湯気の向こうに 第4章 午後三時の訪問者

梅雨の晴れ間にしては、気持ちのよい日差しが窓辺に差し込んでいた。 午後三時、壁掛け時計が小さく鳴ると同時に、インターホンが鳴った。 仁は新聞を脇に置いて立ち上がる。来訪者は珍しくなかったが、事前の連絡もないこの時間に来るのは、そう多くはない...
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湯気の向こうに 第3章 傘を忘れた午後

梅雨入り前の、不安定な空模様だった。 朝の天気予報では「曇りのち晴れ」。だが、昼を過ぎる頃にはすっかり空が陰り、遠くで雷鳴のような音が響いていた。 仁は公民館の玄関先で、空を仰ぎ見た。「これは……降りそうだな」 そうつぶやいたが、傘は持って...
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湯気の向こうに 第2章 公民館の扉

日曜の午前、公民館の前に立った仁は、緊張で指先が妙に冷たくなっていることに気づいた。「ったく、料理教室ごときで……」 苦笑しながらも足は止まる。建物のガラス戸の向こうには、すでにエプロン姿の数人が見えていた。 にぎやかすぎず、静かすぎず、ち...
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湯気の向こうに 第1章 湯気のない朝

湯気の立たない味噌汁をひと口すすると、仁は舌の奥で小さくしかめた。 冷たいわけではない。けれど、ぬるい。電気ポットのお湯で溶いたインスタント味噌汁は、いつもこんな温度だ。だが、今朝はとりわけ味気なく感じた。 佐伯仁、六十八歳。定年まで勤め上...