65歳、AIとネット販売 第五章

ブログ

第五章:「正吉印」はじめました

「もっと“自分らしい”もんを売りたいんや」

正吉がそう思ったのは、ある夕方、段ボールの山を見下ろしたときだった。
楽天で仕入れた商品は売れている。利益も出ている。でも、ふと心に穴が空いたような感覚が残った。

「ワシが本当に売りたいもんは……なんやろな」

チャットGPTに問いかけると、返ってきたのは、思いもよらぬ言葉だった。

「あなたの“原点”を探してください」

地元の味、昔の味

原点――。その言葉に引かれるように、正吉は昔よく通った“漬物屋”を訪ねた。
小さな商店街の角にある、木の引き戸。ガラリと開けると、ふわりと香るぬか漬けのにおい。

「おお、正吉やないか! 久しぶりやなぁ」

迎えてくれたのは、幼なじみの佐久間だった。漬物屋の三代目で、代々伝わる製法を守りながら細々と続けているという。

「実はな、“漬物”をネットで売れへんかと思とるんや。ちゃんとしたもんを、全国の人に届けたい」

佐久間は目を丸くした。

「ネットで……うちの漬物を? そんなんできるんか?」

正吉はうなずいた。「ワシが全部やる。写真も、紹介文も、配送も。あとは、味だけ任せてくれ」

佐久間はしばらく考えて、ぽつりとつぶやいた。

「なら、“正吉印”で売ってみぃや」

チャットGPTで、ブランド立ち上げ

“正吉印”――その名前に、正吉は「恥ずかしさ」と「誇らしさ」を同時に感じた。
チャットGPTにブランドの方向性や商品説明、ロゴのアイデアまで相談しながら、ECサイトのページ作りに取り組む。

「“正吉印”とは、地方に残る本物の味・技・心を、全国へ届けるブランドです。」

そんなキャッチコピーを作ったのもAIだった。
デザインは、団地の大学生・陽太が手伝ってくれた。若い感性と、正吉の「現場の目」が合わさって、シンプルだけどあたたかみのあるロゴが完成する。

ラベル印刷、パッケージ案、紹介文、配送方法――一つずつ手を動かしながら、正吉は気づいた。

「これはもう“転売”やない。“ものづくり”や」

初回出荷――“本気”の15

最初に用意できたのは、佐久間が漬けたぬか漬け15本。
手書きの「正吉印」ラベルを貼り、段ボールに丁寧に詰め、FBA倉庫には頼らず、自ら発送することにした。

BASEで作った小さなネットショップで、販売ページを公開すると、なんと3日で完売。

しかも、購入者のひとりから、こんなレビューが届いた。

「80歳の母が『昔食べた味や』と泣きながら食べていました。本当にありがとうございました。」

その一文を見たとき、正吉は思わず泣きそうになった。

「ワシ……人の“記憶”を売っとるんやな」

地元の手仕事が、正吉印になる

味噌屋、和紙工房、竹細工の職人、手縫いの前掛け屋――
正吉は少しずつ“地元の名人たち”に声をかけ、正吉印としてネット販売の橋渡しを始めていった。

もちろん、最初からスムーズにはいかない。ネットに不信感を持つ人もいた。説明を繰り返し、時には無償でテスト販売を引き受けた。

「ワシが責任持って売る。顔も名前も出す。逃げも隠れもせん。それが“正吉印”やから」

そう言って、みんなの信頼を少しずつ得ていった。

チャットGPTは今も、商品紹介文やマーケティング案を一緒に作ってくれる。
でも、言葉の奥に込める「心」は、正吉自身が磨いていくものだった。

「自分だけの道」があるということ

ある日、正吉は公民館の「おじさんAI倶楽部」でこう話した。

「最初はな、“誰かの売ってるもん”を、仕入れて売ってた。それでも十分儲かった。でも、ワシは“ワシの売りたいもん”があることに気づいたんや」

和田がうなずいた。

「それって、夢ってことか?」

正吉は静かにうなずいた。

「せや。65にもなって、夢の話するとは思わんかったけどな」

陽太が言った。

「でも、“正吉印”って、まさにそうっすよね。“自分の印”を世に出すってこと」

“正吉印”という名前に込めた意味が、ようやく自分でもわかり始めた気がした。

「未来に、渡せるもの」

正吉はある夜、再びチャットGPTに問いかけた。

「この“正吉印”、息子にもいつか渡せるやろか?」

AIはこう答えた。

「あなたが築いた価値は、“商品”だけではありません。“人との信頼”と“伝えたい思い”がある限り、それは必ず“誰か”が引き継げます」

正吉は画面を閉じ、そっと手を合わせた。

「ほな、もうちょっと続けてみるか。誰かに渡せるまで」

コメント

タイトルとURLをコピーしました