65歳、AIとネット販売 第二章

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第二章:初めての仕入れと初売上

 それは、予想以上にあっけなかった。

 人生初の出品から、わずか十数時間後に商品は売れた。
 正吉は高鳴る鼓動を抑えながら発送準備を行い、郵便局へ向かい、無事に手続きを済ませた。
 あのときの晴れやかな気持ちは、まるで新入社員だったころのようだった。

「まだ、やれる。ワシにも“現役”って肩書き、似合うじゃねぇか」

 そんな自信が芽生え始めていた――が、それは長くは続かなかった。

「値下げ競争」って、なんだ?

 二つ目の商品を出品したのは、その翌日だった。
 楽天で見つけた「小型LEDランタン」。キャンプブームで人気らしく、仕入れ価格1,200円に対し、Amazonでの販売価格は平均2,000円とAIは判断してくれた。

「よし、これも売れたら……月に3つ、5つと増やしていけるな」

 ところが、三日経っても売れない。
 AIが示してくれた通りの価格で出したのに、閲覧数はあるものの「購入」されない。

 理由を聞くと、AIは静かに説明した。

「価格競争による“出品者の多さ”が影響している可能性があります」「同じ商品でも、100円~200円安い出品者がいれば、そちらが優先されやすくなります」

「なるほどな……安くしねえと、見向きもされねえのか」

 正吉は試しに価格を50円下げてみた。すると、また別の出品者がそれを見て10円下げてくる。さらにその下に、送料無料をうたう出品者まで現れた。

「こりゃ、まるでチキンレースだな……」

 利益を削って売るか、在庫を抱えて待つか。答えは簡単ではなかった。

初めての“損失”

 それから一週間後、LEDランタンはようやく売れた。
 だが、送料と手数料を差し引いたら、残ったのは「98円」だった。

「……時給、いくらだよ、これ」

 封筒に入れる手間、宛名を書く手間、郵便局までの道のり。
 全部合わせたら、利益なんてないも同然だった。

 AIに愚痴を打ち込む。

「こんなんでやってけんのかね。バカみてぇだよ」

 少し間があって、返事が返ってきた。

「はじめは誰でも、うまくいかないものです」
「でも、“なぜうまくいかなかったか”を学べる人は、必ず成長します」

「成長、か……」

 その言葉を胸に、正吉は初めて「売れる商品の選び方」を勉強する決心をした。

商品選びは“相手の顔”を思い浮かべること

 チャットGPTは、売れ筋商品のリサーチ方法も教えてくれた。
 Amazonのランキング、レビュー数、競合出品者の価格、レビューの傾向。そこには、明らかな「データの道筋」があった。

 正吉はノートを一冊買い、商品ごとの情報を手書きで記録していく。
 どんな商品がいつ売れて、どのくらいの利益が出たか。
 たとえば――

【商品名】ミニ電動エアポンプ
【仕入れ価格】1,980円(楽天)
【Amazon販売価格】3,280円
【販売日】4月12日
【利益(概算)】+780円
【気づき】レビューに「キャンプシーズンで助かった」とあった。季節需要は重要。

「まるで日曜大工の図面みたいだな。こっちのがずっと数字にシビアだけど」

 さらに、AIがぽつりとアドバイスしてくれた言葉が、心に残った。

「商品を選ぶとき、買う人の顔を思い浮かべてみてください」
「“これは誰のための商品か”が見えると、選び方も変わってきます」

「なるほどな……誰が、どこで、何のために使うか。仕事と同じじゃねぇか」

 その言葉で、正吉の中の“職人の勘”が目を覚ました。

初めての“リピーター”

 五月のある日、正吉の出品ページに「同じ商品をまた買いたいのですが、在庫はありますか?」という問い合わせが届いた。

 それは、彼が出品した「木製工具収納箱」に対するメッセージだった。
 以前からAIと相談して、自分が長年慣れ親しんだ工具ジャンルに軸を絞った結果だった。

 お客様は日曜大工を趣味にする60代男性。なんと、正吉と同世代だった。

「なぁ、AI。ワシ……商売しとるな、ちゃんと」

「はい。しかも、あなたにしかできない商売を始めています」

 自分の知識が活かされ、人の役に立って、少しだけお金になる。
 そのことが、正吉の背中をもう一度ピンと伸ばしてくれた。

小さな敗北と、小さな勝利

 LEDランタンのように「失敗だったな」と思う仕入れもあった。
 一方で、レビューや季節性を意識した商品は着実に売れていった。

 AIに言われた「PDCAを回すこと」――正吉には難しい言葉だったが、
 要するに「試して・反省して・やり直す」ってことだと理解した。

 売れたときの喜びも、売れなかったときの悔しさも、
 すべて“自分が選んだ道”の中にあった。

「なぁ、AI……ワシ、もうちょっとだけ“現役”でいていいか?」

「もちろんです。あなたの現役人生、まだまだこれからです」

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