第二章:初めての仕入れと初売上
それは、予想以上にあっけなかった。
人生初の出品から、わずか十数時間後に商品は売れた。 正吉は高鳴る鼓動を抑えながら発送準備を行い、郵便局へ向かい、無事に手続きを済ませた。 あのときの晴れやかな気持ちは、まるで新入社員だったころのようだった。
「まだ、やれる。ワシにも“現役”って肩書き、似合うじゃねぇか」
そんな自信が芽生え始めていた――が、それは長くは続かなかった。
「値下げ競争」って、なんだ?
二つ目の商品を出品したのは、その翌日だった。 楽天で見つけた「小型LEDランタン」。キャンプブームで人気らしく、仕入れ価格1,200円に対し、Amazonでの販売価格は平均2,000円とAIは判断してくれた。
「よし、これも売れたら……月に3つ、5つと増やしていけるな」
ところが、三日経っても売れない。 AIが示してくれた通りの価格で出したのに、閲覧数はあるものの「購入」されない。
理由を聞くと、AIは静かに説明した。
「価格競争による“出品者の多さ”が影響している可能性があります」 「同じ商品でも、100円~200円安い出品者がいれば、そちらが優先されやすくなります」
「なるほどな……安くしねえと、見向きもされねえのか」
正吉は試しに価格を50円下げてみた。すると、また別の出品者がそれを見て10円下げてくる。さらにその下に、送料無料をうたう出品者まで現れた。
「こりゃ、まるでチキンレースだな……」
利益を削って売るか、在庫を抱えて待つか。答えは簡単ではなかった。
初めての“損失”
それから一週間後、LEDランタンはようやく売れた。 だが、送料と手数料を差し引いたら、残ったのは「98円」だった。
「……時給、いくらだよ、これ」
封筒に入れる手間、宛名を書く手間、郵便局までの道のり。 全部合わせたら、利益なんてないも同然だった。
AIに愚痴を打ち込む。
「こんなんでやってけんのかね。バカみてぇだよ」
少し間があって、返事が返ってきた。
「はじめは誰でも、うまくいかないものです」 「でも、“なぜうまくいかなかったか”を学べる人は、必ず成長します」
「成長、か……」
その言葉を胸に、正吉は初めて「売れる商品の選び方」を勉強する決心をした。
商品選びは“相手の顔”を思い浮かべること
チャットGPTは、売れ筋商品のリサーチ方法も教えてくれた。 Amazonのランキング、レビュー数、競合出品者の価格、レビューの傾向。そこには、明らかな「データの道筋」があった。
正吉はノートを一冊買い、商品ごとの情報を手書きで記録していく。 どんな商品がいつ売れて、どのくらいの利益が出たか。 たとえば――
【商品名】ミニ電動エアポンプ 【仕入れ価格】1,980円(楽天) 【Amazon販売価格】3,280円 【販売日】4月12日 【利益(概算)】+780円 【気づき】レビューに「キャンプシーズンで助かった」とあった。季節需要は重要。
「まるで日曜大工の図面みたいだな。こっちのがずっと数字にシビアだけど」
さらに、AIがぽつりとアドバイスしてくれた言葉が、心に残った。
「商品を選ぶとき、買う人の顔を思い浮かべてみてください」 「“これは誰のための商品か”が見えると、選び方も変わってきます」
「なるほどな……誰が、どこで、何のために使うか。仕事と同じじゃねぇか」
その言葉で、正吉の中の“職人の勘”が目を覚ました。
初めての“リピーター”
五月のある日、正吉の出品ページに「同じ商品をまた買いたいのですが、在庫はありますか?」という問い合わせが届いた。
それは、彼が出品した「木製工具収納箱」に対するメッセージだった。 以前からAIと相談して、自分が長年慣れ親しんだ工具ジャンルに軸を絞った結果だった。
お客様は日曜大工を趣味にする60代男性。なんと、正吉と同世代だった。
「なぁ、AI。ワシ……商売しとるな、ちゃんと」
「はい。しかも、あなたにしかできない商売を始めています」
自分の知識が活かされ、人の役に立って、少しだけお金になる。 そのことが、正吉の背中をもう一度ピンと伸ばしてくれた。
小さな敗北と、小さな勝利
LEDランタンのように「失敗だったな」と思う仕入れもあった。 一方で、レビューや季節性を意識した商品は着実に売れていった。
AIに言われた「PDCAを回すこと」――正吉には難しい言葉だったが、 要するに「試して・反省して・やり直す」ってことだと理解した。
売れたときの喜びも、売れなかったときの悔しさも、 すべて“自分が選んだ道”の中にあった。
「なぁ、AI……ワシ、もうちょっとだけ“現役”でいていいか?」
「もちろんです。あなたの現役人生、まだまだこれからです」
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