『夏の終わり、風鈴が揺れたとき』

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夕暮れが少し早くなってきた頃、田舎の古民家に、ひとつの風鈴が涼やかな音を響かせていた。

縁側に座る佐々木陽子(66歳)は、冷たい麦茶のグラスを手に、庭のヒマワリの揺れる様子をぼんやりと眺めていた。長くひとりで住んでいるこの家は、夏の終わりがどこよりも静かに、そしてやさしく過ぎていく場所だった。

「……まだ、変わってないな、この景色」

声に振り向くと、立っていたのは幼なじみの高橋直人(65歳)だった。数年ぶりの帰省。思わず陽子の顔がほころんだ。

「本当に、久しぶりね。何年ぶりかしら」

「たぶん、十年は経ってるかもな」

ふたりは縁側に並んで腰を下ろした。蝉の声が遠ざかり、風鈴の音が重なる。

「ここに来ると、思い出すんだよ。あのとき、言えなかったこととか」

「……言わなくてよかったんじゃない? あの頃は」

「でもさ、言っておけば、何か変わってたのかなって。今でも、時々思う」

陽子は黙ってうなずいた。

「私も、言えなかったことがあるの」

ふたりの間を、夕暮れの風がすり抜けた。風鈴が、少し強く揺れた。

「でも、今こうして話せてるから、それでいいのかもね」

「また来年も来ていいかな?」

「もちろん。風鈴、外さずに待ってる」

夜が近づき、庭の影が少しずつ伸びていく。

風鈴の音が、まるでふたりの再会を祝うかのように、優しく揺れていた。