冬の風が、通りをすり抜けていく。
その小さな花屋は、商店街の角にひっそりと佇んでいた。外の寒さとは裏腹に、店内にはラナンキュラスやガーベラが色鮮やかに並び、どこか春を先取りしたようなあたたかさがあった。
元カメラマンの陣内透(72歳)は、ふとした散歩の途中、その店先に飾られていた一枚の写真に足を止めた。陽だまりの中に佇む少女と花束。古びた額縁の中で、光と影が絶妙に写し取られていた。
「……あれ?」
それは、彼が若い頃、個展で展示したことのある写真だった。
「この写真、どこで?」
店内から現れたのは、店主の杉浦澄子(70歳)。穏やかな目元の奥に、どこか見覚えがあった。
「私がこの店を始める前、骨董市で見つけたんです。すごく惹かれて……ずっと飾ってます」
陣内は、自分がその写真を撮った本人であることを伝えると、澄子の目が丸くなった。
「もしかして……あのとき、花壇の横で少女を撮っていたカメラマンさん?」
記憶がつながった。澄子は、あの写真の少女だった。ふたりは数十年前、たった一度、花とカメラを介してすれ違っただけの関係だった。
「もう一度、撮ってもらえますか? いまの私を、いまの花と一緒に」
その言葉に、陣内は静かに頷いた。
それから数日後、陣内は古びたカメラを肩にかけ、澄子の花屋を訪れた。
「変わったのは私たち。でも、変わらないものも、ちゃんと残ってる」
シャッター音が冬の光のなかに響いた。
かつて忘れ去られたカメラは、また新しい一枚を残し、ふたりの記憶をもう一度繋ぎ始めた。