いつからだろう、読書用の椅子の隣にもうひとつ椅子を置くようになったのは。
最初は、ただの偶然だった。模様替えのついでに空いた椅子を並べてみたら、意外と落ち着いた空間になった。それだけのこと。でも、そこに“誰かが座ってくれるかもしれない”という想像が心を満たした。
昔は、椅子の数なんて家族の人数分だけあればよかった。でも今は違う。ひとりの時間が増えていくなかで、「もうひとつ椅子を置く」という行為は、“誰かを思い描く”行為に近い。
友人かもしれないし、もう会えないあの人かもしれない。それでもその空いた椅子があることで、暮らしのなかに「誰かと過ごす未来」がそっと混じってくる。
誰も座らなくてもいい。けれど、そこに椅子があることで、私は自分が「ひとりきりじゃない」と感じられる。過去の記憶と未来の希望、その両方に静かに寄り添ってくれる存在。
今日も私は、あたたかなコーヒーを両手で包みながら、ふたつの椅子を前に静かな時間を過ごしている。もしかしたら明日、その椅子に誰かが座ってくれるかもしれない、そんな想像を胸に抱きながら。