「……ねえ、いま私、呼んだのわかってた?」
その日、ふたりで歩いた河原の帰り道。
信号を渡ったところで、澄子さんがふと立ち止まって聞いてきた。
彼女は少し眉を下げながら、私の顔を見つめていた。
「え? さっきの話?」
「ううん、信号の前よ。三回くらい“ねえ”って呼んだのに、全然気づかないんだもん」
「……あ、ごめん。聞こえてなかった」
それは正直な答えだった。
最近、耳が遠くなってきた気がしていた。
澄子さんは、私より二つ年下だけれど、しっかりしていて、気づきも早い。
そして、少しだけ寂しがりやだ。
「大丈夫よ。年をとるって、そういうことだもの」
そう言いながら、彼女は私の手を軽く握った。
それでも、呼びかけに気づかなかったことが、
思った以上に自分の中で引っかかっていた。
「これ、最近買ったの」
数日後、彼女が見せてくれたのは、小さな補聴器だった。
「左だけちょっと聞こえにくくなってきて。
でも、これ着けると、鳥の声とか、ぜんぶくっきり聞こえるのよ。
あとね、あなたの声も。……低いけど、ちゃんと届く」
そう言って笑った顔は、どこか誇らしげだった。
「補聴器って、もっと年寄りくさいかと思ってたけど、
いまのは小さくて目立たないのね」
私が感心すると、彼女は「でしょ」と得意げにうなずいた。
「電話も変えたの」
彼女は、電話台の上に置かれた新しいコードレス電話を指差した。
「これね、相手の声が大きくなる機能がついてて、
しかも、光って知らせてくれるのよ。
最近のって、ほんと親切なのよね」
「……なるほど。耳が遠くなるのも悪くないな」
私が言うと、彼女はくすっと笑った。
「それは、ちゃんと名前を呼ばれてるって気づいてから言いなさい」
私は、自分の名前を、彼女が呼ぶ声が好きだった。
少し語尾が上がっていて、やさしくて、
ちょっとだけ照れくさそうな響き。
「……ねえ、名前で呼んでくれる?」
ある日、私は彼女に言った。
「え?」
「いつも“ねえ”とか“あなた”って呼ばれるけど、たまには名前で呼ばれるのも悪くないなって」
「……ふふ、子どもみたい」
それでも彼女は、ほんの少し肩をすくめて、言った。
「……正一さん」
名前を呼ばれるだけで、胸が熱くなるなんて、
若いころは思いもしなかった。
「呼ばれて、気づけること。
それって、ちゃんと“今ここ”にいるってことなのよ」
澄子さんが言ったその言葉は、
私の中に、しっかりと残った。
だから私は、彼女が呼ぶ声を、これからも聞き逃さないように、
耳をすませて生きていこうと思った。
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