秋の風がほんの少し冷たくなり始めた午後、南條秀一は久しぶりにネガフィルムを現像に出した。
引き出しの奥で長く眠っていた、十数本のロール。ラベルに書かれた日付は、どれも十年、いやそれ以上前のものばかりだった。
フィルムを受け取って帰ると、思いがけず玲子からメールが届いた。
《来週、植物園の秋の展示が始まるそうです。よかったら、ご一緒しませんか。
今度は“あなたのレンズ”で、花を見てみたいです》
約束の日。
ふたりはいつもの植物園で落ち合った。今日は温室ではなく、屋外の庭園エリア。
秀一は久しぶりに、三脚と一眼レフを携えてきていた。
「随分と本格的なんですね」
玲子がそう言って笑う。
「こう見えて、昔はこの装備で世界を回っていたんですよ」
「今日は何を撮るんですか?」
「……今日は、あなたが選んだ花を、私の目で撮ってみたいです」
玲子が足を止めたのは、薄紫色のシュウメイギクが群生している一角だった。
風に揺れる花びらは、どこか控えめで、でもしっかりと咲いている。
秀一はファインダーを覗き、シャッターを切った。
カシャリ。
フィルム特有の、やや硬質な音が風に溶けた。
「絵と写真って、どう違うんでしょうね」
ふと玲子がつぶやく。
「絵は、描きながら気持ちを入れられる。私は風を“感じた通り”に描く。でも写真は……」
「写真は、“見えた通り”しか残せないと思われがちですが、実は逆なんです」
秀一がレンズをはずしながら、ゆっくりと続けた。
「カメラの設定やレンズの選び方で、“見たいように見せる”のが写真。
ピントをどこに合わせるかで、その人の気持ちがにじむんです」
ふたりはベンチに腰かけた。
玲子はバッグから、小さなスケッチブックを取り出した。
「わたし、この花を描きかけてるんです。
でも、“中心”が決められなかった。全部描きたくて、結局、ぼんやりした絵になってしまって」
秀一はしばらく黙って彼女のスケッチを眺めた。
「……いい絵だと思います。ピントは、あとからでも合わせられますから」
「絵にも、ピント……あるんですね」
「ありますよ。“気持ちの焦点”って、そういうものでしょう?」
その後、ふたりは夕暮れまで並んで座り続けた。
言葉は少なかったが、風の音やシャッター音、スケッチペンの走る音が心地よく混じり合っていた。
それぞれの“見つめ方”が違っても、そこに向ける眼差しが温かいものであれば、
同じ場所に、静かに“ピント”が合っていくのかもしれない。
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