『ふたりの午後に、花が咲く』第2章「雨とアトリエと、言えなかったこと」

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 ふたたび植物園で出会ったのは、あの日から二週間後の午後だった。

 南條秀一がカメラを提げて温室に入ろうとしたそのとき、入り口で偶然、江藤玲子と目が合った。

 「あ……」

 「こんにちは、またお会いしましたね」

 どちらからともなく、ふたりは並んで歩き出した。

 言葉は少なかったが、どこか互いの存在に安心しているようだった。

 その帰り道、不意に空が暗くなった。

 ぽつり、ぽつりと落ち始めた雨に、ふたりは足を止める。

 「……この先に、わたしのアトリエがあります。雨宿りしていきませんか?」

 玲子がそう言って、傘を差し出した。

 戸惑いながらも、秀一はそれを受け取った。

 アトリエは古い木造の平屋だった。

 軒先にはスケッチ用のイスと折りたたみテーブルが並び、

 玄関の脇には、使い込まれた絵筆が束ねて干してあった。

 室内に入ると、木の香りと、乾きかけた油絵の具の匂いがほんのりと鼻をくすぐる。

 壁には玲子の絵がいくつか掛けられていた。

 「……これ、あなたが描いたんですか?」

 「はい。ずっと、描きかけだったんです。あの日あなたと会ってから、少し筆が進んで」

 雨音を背景に、ふたりは木のテーブルを挟んで座った。

 「私は若い頃、画家になりたくてパリに留学したんです。でも、数年で挫折して……戻ってからは美術教師になりました」

 「……夢をあきらめた、ということですか?」

 「ええ。けれど、あきらめたと言えるほど、やり切ったわけでもなくて。

 気がつけば、ずっと“言えなかったこと”として、自分の中に残ってたんです」

 秀一は黙って頷いた。

 「わかる気がします。私も……写真で世界を回って、戦地も災害地も撮りました。でも、

 誰かに『あなたの写真で何かが変わった』なんて言われたこと、一度もありません」

 その言葉のあと、ふたりの間にしばし沈黙が流れた。

 雨音だけが、優しく時間を刻んでいた。

 「でも、今日ここにいて、あなたの絵を見られたこと。

 それは、私にとって何かが“動いた”時間です」

 玲子は静かに微笑んだ。

 「それなら、描き続けてみようかな。少しずつでも、“いまの夢”として」

 雨が上がった夕方、ふたりは玄関先で並んで外を眺めた。

 濡れた地面に夕日が射し、キラキラと反射している。

 「次は、あなたの写真も見せてくださいね」

 「……フィルムが眠っているだけですが。掘り起こしてみましょうか」

 言えなかったことが、雨とともに少しだけ流れていった。

 そして、静かに次の季節の気配が差し込んでいた。

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