春の終わりを思わせる陽射しが、図書館の窓辺をやさしく撫でていた。
森田健一、六十八歳。かつては建設会社の現場監督として忙しく働いていたが、三年前に退職し、いまは近所の市立図書館に通うのが日課になっている。
午前十時きっかりに開館するこの図書館には、地元の高校生と数人のシニアが静かに集まる。健一が足を運ぶのは、いつも平日の午前中。決まって三列目の窓際、陽がよく入る席に腰を下ろし、数ページずつ本をめくって過ごす。
「——おはようございます」
その日、彼の背後から聞こえた声は、どこか耳に心地よかった。振り返ると、白髪まじりの短めの髪を整えた女性が、控えめに微笑んでいた。
「……おはようございます」
返す声が少しだけ上ずったのは、健一がその人を何度も見かけていたからだ。
彼女は江原久美子。図書館でボランティアとして働く女性で、受付カウンターの向こうにいつも静かに立っていた。
「この辺り、陽当たりがいいですね。今の季節にはちょうどいいかもしれません」
「ああ……そうですね。つい、ここにばかり座ってしまって」
「よければ、今日のおすすめ本を持ってきましょうか? ちょうど、似たような内容のエッセイが返却されたところなんです」
「あ、ありがとうございます。でも……そんな、ご面倒では?」
「いえ、面倒なんて。私、選ぶの、けっこう好きなんです」
久美子はにこやかに笑い、本棚の奥に消えていった。
健一は本を閉じ、ふと窓の外を見た。図書館の敷地内にある小さな庭には、手入れされた花壇とベンチが見える。色づき始めた紫陽花のつぼみが、春の名残と初夏の予感を同時に宿していた。
やがて久美子が戻ってきた。手には一冊のエッセイ本と、小さなメモ。
「もしよかったら、これ。“日々のひだまり”っていう本。読みやすくて、季節のこととか丁寧に書かれてます。あと……このメモは、おすすめページです。しおり代わりにどうぞ」
「……わざわざ、ありがとうございます」
「いえ。きっと、ゆっくり読む時間がある方だから。なんとなく、そう思っただけです」
健一はその言葉を、どこか嬉しく受け止めた。
“ゆっくり読む時間がある”。そう、いまの自分には確かにそれがある。時間に追われる日々を離れ、静かに過ごす午後がある。
彼女の立ち去る足音を聞きながら、健一はそっとページを開いた。メモに記されたページには、こう綴られていた。
「人生の午後には、急がない美しさがある。
それは、ゆっくりと咲く花を見守るような時間。」
その一文を読んだとき、心にふと風が吹いたような感覚があった。
帰り際、カウンターで本を返すとき、久美子が小さく尋ねた。
「いかがでしたか? ひだまりの午後」
「……はい。とてもよかったです」
「よかった。じゃあ、また気が向いたら、おすすめしますね」
「ぜひ、お願いします」
久美子の横顔が、陽だまりににじんで見えた。
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