日曜の午後、仁は珍しくソファに座ったまま、スマホを握っていた。
画面には「未読メッセージ:息子・翔太」の文字が表示されている。
『最近、よく出かけてるみたいだけど、大丈夫?』
たったそれだけの文なのに、妙に引っかかる。
(……詮索しにきたのか? いや、心配してるだけか)
そんなことを考えながら、返信しないままスマホを伏せた。
その数日後、「ひだまり」で澄子が話し始めた。
「娘に、バレました」
「バレたって……?」
「私が誰かと一緒に喫茶店でお茶してるのを、たまたま近くの知り合いが見たらしくて。それが娘の耳に入ったんです」
「それは……気まずいですね」
「はい。でも、悪いことしてるわけじゃないって思っていたのに、『いい歳して』って、言われました」
仁はその言葉に心がざわついた。
「僕も、同じようなことがあったんです。息子から、なんとなく牽制されてる気がして」
澄子はコーヒーを口に運び、小さくため息をついた。
「お互い、子どもには説明しにくいですね。新しい関係を築くのって、年齢じゃなくて“タイミング”だと思うんですけど……」
「本当に。人を好きになることに、期限なんてないのに」
その日はお互い、少しだけ沈んだ気持ちを抱えたまま、喫茶店を出た。
翌朝、仁はホームセンターで観葉植物の寄せ植えセットを買い、澄子の家の前まで届けに行った。
インターホンを押すと、澄子が驚いたような顔で出てきた。
「こんな朝早く……?」
「昨日の話、ずっと引っかかってたんです。だから、なんか届けたくなって」
「……ふふ、ありがとうございます。ちゃんと水あげますね」
玄関先でしばらく立ち話をしたあと、仁はリュックからもう一つ、小さな箱を取り出した。
「これ、膝サポーター。最近僕も愛用してるやつです。膝、また痛くなってきたって言ってたでしょう?」
「そんな……でも、嬉しい。ちょうど買い換えようと思ってたところで」
「歳をとると、こういうのが何より嬉しいって、最近わかってきたんです」
二人の間には、言葉よりも温かい空気が流れていた。
その日の夜、仁は初めて息子にメッセージを送った。
『今度、話したいことがある』
送信ボタンを押すと、思いのほか心が軽くなった気がした。
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