明日も、ふたりで。第3章「雨とひざ掛け」

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午後の空はすっかり灰色に染まり、細かい雨が音もなく降っていた。
喫茶店「ひだまり」の窓ガラスには、水滴がいくつも流れ落ちている。

仁はいつもの席に座り、温かいブレンドを啜っていた。
ひざには、最近ネットで買ったばかりの電気ひざ掛け。温熱機能がついていて、
寒がりな仁にとってはこの季節の必需品になっていた。

「いらっしゃいませ」

扉の鈴が鳴ると、見慣れた女性が傘をたたみながら入ってきた。

「こんにちは……まさか、こんな雨になるなんて」

澄子だった。少し髪が濡れている。

「びしょ濡れじゃないですか。大丈夫ですか」

仁が立ち上がり、持っていたタオルをそっと差し出す。

「ありがとうございます。助かります……」

そのまま、仁は自分の電気ひざ掛けを澄子に向けてずらした。

「ほら、これ。温かいですよ。コードがあって邪魔だけど、カウンターの下ならちょうどいい」

「まあ、こんな便利なものがあるんですね。知りませんでした」

「電気毛布だと大きすぎるし、これは腰にもちょうどいいです」

澄子はひざ掛けに手を差し入れ、思わず声を漏らした。

「……あったかい。なんだか、ぬくもりを思い出しますね」

その言葉に、仁はふと昔のことを思い出した。
妻がよく使っていた毛糸のひざ掛け。冬のリビング、二人でテレビを観ながら温もりを分け合っていた時間。

「……そうですね。こういうのって、ただの道具じゃないのかもしれないな」

澄子がカバンから大きな文字の健康管理手帳を取り出したのを見て、仁は言った。

「それ、血圧つけてるんですか?」

「ええ。最近ちょっと不整脈が出て。これも歳ですかね。でも記録すると、少しだけ安心できるんです」

「僕も買おうかな。物忘れが多くなってきたし、何か残しておくのも大事ですよね」

そのあと二人は、雨音をBGMに、健康の話から映画の話、
そして「もう一度どこか出かけたい場所」についてまで、話は尽きなかった。

店を出るころ、雨は少し小降りになっていた。

「よければ、この傘、使ってください」

仁が差し出したのは、自動開閉式の軽量傘
澄子は遠慮しながらも、静かにそれを受け取った。

「……ほんとうに、ありがとうございます。雨の日が少しだけ、好きになりました」

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