愛は終わらない、暮らしも変わる  第7章 再出発の朝

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 朝の光が、カーテン越しにやわらかく部屋を満たしていた。誠一は窓を開け、ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 机の上には、昨日まで書き続けていた原稿が積み重なっている。そこには、長年しまい込んできた想いが言葉として形を持ち始めていた。

 誠一はゆっくりと椅子に腰を下ろし、ペンを手に取った。

 ——書くことが、自分の人生の続きを照らしてくれるとは、思っていなかった。

 ふとスマートフォンが鳴った。

《涼子:おはよう。朝の声、届きましたか?私は今日、朗読会の申し込みをしてきます》

 そのメッセージに、自然と頬が緩んだ。

 ふたりで交わした「書いて、読んでもらう」という約束が、いま現実の一歩となって動き始めている。

 誠一は原稿用紙を一枚抜き、新しい物語の一文を記し始めた。

「ある朝、過去を抱えた男は、新しい一歩を踏み出す決意をした——」

 その言葉が、ゆっくりと紙に染み込んでいく。

 正午前、誠一は一冊のノートとともに家を出た。

 行き先は、市民センターの一室。涼子が参加するという朗読会の会場だった。

 小さな部屋には、十数人の参加者が集まり、それぞれの物語を語り合っていた。

 涼子が席に着く誠一を見つけて、小さく手を振った。

 その後、彼女は前に立ち、マイクに向かって誠一の原稿を読み始めた。

 その声は、はっきりと、そして丁寧に、一語一語を大切に届けていた。

 ——まるで、自分の中に眠っていた言葉が、他者の声を借りて生まれ変わっていくようだった。

 朗読が終わると、小さな拍手が起こった。誠一はその音に、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 帰り道、ふたりは並んで歩いた。

「また、書いてくれる?」

「うん。今度は、誰かのためにじゃなく、自分のために書いてみたい」

「それが、きっと誰かの心にも届くのよ」

 春の光が差し込む並木道を、ゆっくりと歩いていくふたり。

 再出発の朝は、かつての痛みも優しさに変えながら、静かに始まっていた。

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