日曜日の午後、街の図書館は静けさに包まれていた。ガラス張りの窓から差し込むやわらかな陽光が、木製の机に優しい影を落としている。
誠一は涼子と並んで座っていた。
「この間の原稿、続きを読ませてくれる?」
涼子が小声で訊ねる。
誠一は一瞬戸惑ったが、すぐに鞄の中から封筒を取り出し、ページを差し出した。
涼子が読む間、誠一は隣でそっと目を閉じた。机の上には、館内の静けさと、ページをめくる紙の音だけが響いていた。
「……続きを書く気はあるの?」
涼子の問いに、誠一は目を開けて彼女を見つめた。
「どうかな……最近、少しずつ思い出してきた。書くことの楽しさとか、自分の中の言葉とか」
涼子は微笑んだ。
「だったら、また書いてみて。誰かが待ってるかもしれないから」
その一言が、誠一の胸にすっと入り込んだ。
ふたりは図書館を出て、近くの公園へと足を延ばした。噴水のそばのベンチに腰掛けると、春を待つ風が頬を撫でていった。
「若い頃は、結果ばかり気にしていた気がする。書くなら賞を獲らなきゃとか、本にしなきゃって」
「でも今は?」
「今は、ただ誰かに読んでもらえたら嬉しい。あなたみたいに、ちゃんと読んでくれる人に」
涼子は黙って頷いた。
沈黙の中に、心の奥から小さな声が咲いていく。
やがて涼子が言った。
「私もね、昔は朗読が好きだったの。誰かの文章を声に出して読むのが。上手くはないけど……伝えたいって気持ちはあって」
「今は?」
「……またやってみたいなって思ってる」
誠一はゆっくりと笑った。
「じゃあ、僕が書いて、君が読んでくれるっていうのはどう?」
「うん。すてきね」
ふたりの間に、風が吹き抜ける。
その風は、過去から未来へと向かう橋のようだった。
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