春の風が、駅前の桜並木を優しく揺らしていた。68歳の涼子は、久しぶりに故郷の町に戻ってきた。都会の喧騒から離れ、静かな時間を求めての帰郷だった。
駅前の小さなカフェに入り、窓際の席に座る。注文したコーヒーの香りが、懐かしい記憶を呼び起こす。ふと、背後から聞き覚えのある声がした。
「……涼子さん?」
振り返ると、そこに川村誠一が立っていた。高校時代の同級生であり、淡い初恋の相手だった。
「誠一さん……久しぶりね。」
二人は驚きと喜びを隠せず、自然と笑みがこぼれた。再会の喜びを噛みしめながら、昔話に花を咲かせた。
誠一は、数年前に妻を亡くし、一人暮らしをしているという。涼子もまた、夫を病で亡くし、都会での生活に区切りをつけて戻ってきたところだった。
「お互い、いろいろあったのね。」涼子が静かに言うと、誠一は頷いた。
「でも、こうして再会できたのも、何かの縁かもしれないね。」
その日から、二人は週に一度、カフェで会うようになった。昔の思い出を語り合い、現在の生活を共有する時間が、心の支えとなっていった。
ある日、涼子が誠一の家を訪れると、リビングのソファに分厚いクッションが置かれていた。
「これ、娘が送ってくれたんだ。腰にいいって。」
「へぇ、座り心地が良さそうね。」
涼子がクッションに腰を下ろすと、体がふわりと包み込まれるような感覚がした。年齢を重ねると、こうした小さな工夫が大きな快適さを生むことを、二人は実感していた。
季節は巡り、春から初夏へと移り変わる。二人の関係も、少しずつ深まっていった。共に過ごす時間が増えるにつれ、心の距離も縮まっていく。
ある日、涼子が言った。
「誠一さん、これから、一緒に散歩しませんか?」
「いいね、近くの公園でも歩こうか。」
二人は、穏やかな日差しの中、公園をゆっくりと歩いた。木々の緑、鳥のさえずり、子供たちの笑い声。すべてが、心を癒してくれる。
「こんな風に、誰かと一緒に歩くのって、いいものね。」
「本当に。これからも、こうして一緒に過ごせたらいいな。」
涼子と誠一は、互いの存在が、日々の生活に彩りを与えていることを感じていた。
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