会社倒産からの船出 第4章:ゼロからの発信

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 最初の報酬「36円」に感激した夜から、三浦智也の生活には小さな変化が生まれた。以前は午前中をぼんやりと過ごしていたが、今では朝食をとるとすぐにパソコンの前に座り、昨日の記事の見直しや新しいネタのメモに取り掛かっている。

 だが、現実は甘くない。最初の成果報酬を得た翌日から、再びアクセス数はゼロの日が続いた。時折1PV(ページビュー)が記録されても、それは自分がスマホで確認した分だった。

 「……誰も見てない」

 画面を見つめながら呟く声が、虚しく部屋に響く。けれど、不思議と諦めの気持ちは湧いてこなかった。36円が証明した。「ゼロじゃない」ことを。

 智也は毎日1記事、必ず投稿することを自分に課した。朝に構成を練り、昼に書き、夕方に見直して投稿する。最初は慣れないWordPressの仕様に苦労し、HTMLの意味もわからず躓いたが、調べるごとに理解が深まっていった。

 「なんだ、意外と楽しいじゃないか」

 記事作成以外にも、SEO(検索エンジン最適化)やアナリティクス(分析ツール)の存在を知り、ますます夢中になっていった。文章を書くことは、彼にとって「伝える」原点だった。広告業界で磨いてきた感覚が、ここにきて活きていると感じる瞬間があった。

 だが、それでもアクセスは増えなかった。

 ある日、WordPressの無料相談チャットに登録してみた。登録から数分後、メッセージが届いた。

 「こんにちは!ブログ歴2年のユウタです。何か困ってることありますか?」

 気さくな若者らしい文体に、少し肩の力が抜けた。

 智也は思い切って、アクセスが増えない悩みを打ち明けた。するとユウタと名乗る相手は、自分の初期の頃の話や失敗談を交えながら、丁寧にアドバイスをくれた。

 「記事のタイトル、ちょっと硬いですね。例えば“50代男性が副業で月1万稼ぐ方法”とか、“未経験でも始められるブログ収益のリアル”とか。読者が“自分事”として読めるようにするといいですよ」

 「なるほど……!」

 広告の世界でやっていたコピーライティングとは、似て非なるものだった。誰かの目を引くのではなく、「検索」され、「読み続けたくなる」導線を作る。論理と感情が、違うベクトルで交差していた。

 その夜、智也はタイトルと構成をすべて見直し、いくつかの記事を書き直した。ユウタとのやり取りはその後も続き、ときにはZoomで画面を共有して指導を受けた。

 「ちなみに、検索流入狙うなら“ロングテール”キーワード、意識してます?」

 「……ロングテール?」

 「要は、“50代 男性 副業 初心者”みたいな、ニッチだけど具体的なキーワードです」

 智也は必死にメモを取りながら、若い起業家の知見に舌を巻いた。

 ユウタは自身もフリーランスで活動しており、20代前半ながら月に数十万円の収益を得ているという。その姿は、自分が持っていた「成功者像」とはまるで違っていた。

 「でも最初は1円が嬉しかったです。数字が“動く”って、生きてる感じしますよね」

 その言葉に、智也は深くうなずいた。静かな部屋で一人、誰にも認められず書き続ける日々に、小さな“反応”があること。それがどれほどの意味を持つのか、彼は知っていた。

 やがて、智也のブログにも変化が生まれ始めた。検索から流入してきた読者が、記事を最後まで読んでくれるようになり、商品リンクのクリック数も徐々に増えてきた。

 ある日、ブログの収益が「238円」になった。

 わずかだ。しかし、それは確実に成長の証だった。

 「この道を、信じてみてもいいかもしれない」

 そう思えたとき、智也の目の前にはかすかに道が拓けた気がした。

 夕方の光が差し込む部屋で、彼は新しい記事の下書きに取りかかる。その背中には、かつての広告代理店時代とは異なる確かな熱が宿っていた。

 まだ誰にも名前を知られていないブログ、誰にも読まれない記事たち。  だが、そこには確かに智也の「声」があり、彼の「再出発」が宿っていた。

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