ふと流れてきたラジオの声が、あの日の続きをくれた

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― 音の記憶がつないでくれる、忘れかけた風景。

 

掃除機をかけ終えた午後、なんとなく手に取ったラジオのスイッチを入れる。
最近はテレビよりも、こうした“音だけ”のほうが落ち着くようになった。
部屋に流れ込む、どこか懐かしいDJの声。少ししゃがれていて、それがまたいい。

 

ふと耳を傾けていると、昔よく聴いていた曲が、ぽろりと流れてきた。
イントロのギターに、心が一瞬、時間をさかのぼる。

 

——あの頃、週末の夜になると、部屋の明かりを落としてラジオを聴いていた。
布団の中に入りながら、イヤホン越しに聞こえる声に耳を澄ませた高校時代。
話す相手もいなかったけれど、その声だけは自分の味方のような気がしていた。

 

大人になってからは、ラジオの存在もどこか遠ざかっていた。
テレビのニュースや、スマホの通知に埋もれるようにして、
“聴く”という時間を、いつの間にか失っていたのだと思う。

 

でも今日、久しぶりに耳にしたその声は、
忘れかけていた誰かとの会話や、自分の若い感情をそっと呼び起こしてくれた。

 

「この曲に励まされた、というお便りが届いています」
そんなパーソナリティの言葉が続く。
それを聞いて、ふと笑ってしまった。
たぶん、あの頃の私も、誰かにそんなふうに背中を押されていたのかもしれない。

 

音には、不思議な力がある。
言葉よりも早く、記憶の奥に入り込む。
あの風景、あの人の笑い声、あの空気の匂いまで——
メロディや語りの向こうに、すべてが再生されるような感覚になる。

 

そして気づく。
過去の思い出を美化するのではなく、
今を生きる自分と、もう一度つなぎ直すための手がかりとして、
音はちゃんと生きているのだと。

 

今日、ラジオから流れたその曲が、あの日の続きをくれた。
誰にも言えなかった想い。途中でやめた夢。
言葉にならなかったことたちが、そっと輪郭を取り戻していく。

 

ラジオのボリュームを少しだけ上げて、ソファにもたれかかる。
窓の外では、季節がまた少し進んでいる。

 

——もう過去ではなく、今という時間に溶け込んだ音。
そのやわらかい振動が、今日も心をあたためてくれる。