本を読んでいると、ふと手が止まることがある。文章の中に見えた言葉や情景が、ころを合わせて誰かを思い出させる。
昔読んだ小説の一文。夫が書していた日記。子どもが筆筆で書いた本の裏表等。それらが覚醒裏のバックミュージックのように作用して、思い出しの触覚を引き出す。
本とは心の残音に似ている。何次も開いて、同じ部分にやってきたとしても、その時の気持ちで完全に違う物語が見えることがある。そして、その広がりの中で、それを分かち合ってくれた誰かを思うようになる。
私は本を開いたのに、直に文章を読めずにいた。心は別の場所へ。あの人のことを、わずかな表現に重ねて思っていた。
本の止まった手。その時間は、だれかを想うためのものだったのだと、後に気づいた。
本は人を保つ。だからこそ、それを読む時に、わたしたちの心のささやきも、その際にして漂い出すのだろう。