名前を呼ばれることの、思いがけない嬉しさ

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カフェで名前を呼ばれたとき、ふと心が温かくなったことがある。たまたま近所の知り合いがいて、「あら、○○さん」と声をかけてくれたのだ。それだけのことなのに、不思議と一日が明るくなった気がした。

年齢を重ねると、誰かに名前を呼ばれる機会が減っていく。家族も巣立ち、職場からも離れ、名前よりも「おじいちゃん」「おばあちゃん」といった呼ばれ方のほうが増えていく。

もちろん、それが悪いわけではない。でも、“名前”にはその人だけの歴史や物語が宿っている。誰かに名前を呼ばれることで、自分がちゃんとこの世界に存在していると感じられるのだ。

昔、母がデイサービスで介護士さんに「○○さん」と笑顔で呼ばれて、少し照れたように「名前で呼ばれるの、久しぶり」と言ったのを思い出す。何気ない一言に、本人すら気づいていなかった心の奥が反応していた。

だから私も、なるべく名前を呼ぶようにしている。お店の人にも、郵便屋さんにも、町内の友人にも。そうすると、相手も嬉しそうに返してくれる。名前を呼ぶことは、相手をちゃんと“見ている”という小さなメッセージなのだ。

そして同時に、呼ばれることもまた、心の栄養になる。

「○○さん」 そのひとことに、自分が誰かに覚えられているという、ささやかな安心が宿る。

名前を呼ばれること。 それは、大人になってからこそ、いっそう沁みる優しさかもしれない。