最近、散歩の速度を少しだけ落とすようにしている。信号に急いで駆け出すのではなく、赤ならそのまま立ち止まる。風が気持ちよければ、わざと遠回りして公園を通る。そんな“ゆっくり”が、思いのほか心地よい。
若い頃は、いつも急いでいた。電車の時刻、納期、会議。すべてが“間に合うかどうか”で動いていた。けれど、今は違う。“間に合わなくてもいい”と思える時間の中に、見過ごしていた風景がある。
道端に咲いた小さな花、誰かの家から漂ってくる夕飯の匂い、商店街で交わされる「おつかれさま」の声。そうした何気ないものに、深く癒されることが増えた。
「遅いね」と笑われたことがある。でもその時、自分の中では「丁寧に歩いている」という確信があった。歳を重ねるというのは、時間の価値を見直すことかもしれない。目的地よりも、そこへ向かう“過程”の方が、今の自分にとっては大事なのだ。
歩幅を小さくして、息を深く吸う。道ばたの季節の移ろいに目をやる。そんなふうに一日を重ねていくことで、心は少しずつ軽くなる。
ゆっくり歩くというのは、世界と自分を丁寧につなぎ直すということ。これからも私は、自分の速度で、自分の景色を見つめていこうと思う。