“さみしさ”が教えてくれる、人とのつながり

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夜、ふとテレビを消した瞬間、部屋が静まりかえった。その沈黙の中に、ぽつりと“さみしさ”が顔を出した。

歳を重ねて、子どもたちが巣立ち、仕事も一段落した今、自分の時間は増えた。でもその分、誰とも言葉を交わさない日も増えた。

誰かと話したくてスマホを手に取るけれど、特に連絡する理由が思いつかない。そんなとき、胸の奥にじんわりと広がるこの感覚を、私は“孤独”と呼ぶ。

だけど、少しずつ気づいたのだ。このさみしさがあるからこそ、人の温かさに気づけるのだと。

近所の人と交わす「こんにちは」や、スーパーのレジでの「ありがとう」のひと言に、思いがけず心がほぐれる。ラジオから流れる声や、昔の友人から届いた手紙が、こんなにも胸に響くのは、孤独を知っているからこそだ。

若いころは、にぎやかさの中にいることで安心していた。でも今は、静けさの中にこそ、やさしさが潜んでいる気がする。ひとりでいる時間があるから、誰かと過ごす時間が一層あたたかく感じられる。

“さみしさ”は決して敵ではない。むしろ、自分が誰かとつながりたいと願っている証なのだと思う。

だから私は、今日も誰かに「おはよう」と声をかける。それがほんの短い時間でも、きっとその瞬間、心と心はふれている。