午後四時。
公園の木陰にできたベンチに、高梨弘は紙袋をそっと置いた。
その中には、魔法瓶に入れたコーヒーと、カップがふたつ。
そして、一通の手紙。
「——工藤澄子さま」
彼女が前回この場所に姿を見せてから、一週間が経っていた。
その間、弘は何度かこのベンチに足を運んだ。澄子の姿はなかったが、それでも何かが変わるような気がして、毎日少しだけ、同じ景色を眺めた。
そして昨日、自分でも驚くような行動に出た。
手紙を書いたのだ。
数十年ぶりに、人へ向けた私的な手紙。
《——先日は、すこし驚いてしまって、うまく言葉にできませんでした。
あなたがこの場所に抱く思い出を、もっとちゃんと聞けばよかった。
同じ景色を見ているから、同じ気持ちでいると思っていた自分が、少し恥ずかしいです。
……でも、僕は、あの午後の静けさと、あなたがノートに何かを書き留める姿が好きでした。
このベンチで、またお会いできたらうれしいです。
——高梨 弘》
弘は、手紙とコーヒーを入れた袋をベンチの脇に置いたまま、公園を離れた。
そこに澄子が来る保証はなかった。
それでも、言葉を渡すことに意味がある気がした。
次の日、同じ時間に弘がベンチに戻ると、袋はなかった。
代わりに、小さな封筒がベンチにそっと置かれていた。
——弘さんへ
手紙の封を切る手が、少し震えた。
《……こちらこそ、ごめんなさい。
この場所は、苦い記憶が残っていたけれど、あなたと話していると、その思い出も、少しだけやわらかくなるような気がしていました。
それを自分で否定したくなっていたのかもしれません。
でも、あなたの手紙を読んで、“今の気持ち”を、ちゃんと受け取ってくださっていたことが、うれしかったです。
明日、午後四時。少し早く着いたら、あのベンチに座っておきます。
——澄子》
弘は、封筒をそっと胸ポケットにしまった。
公園の空が、夏の終わりの光でやわらかく染まり始めていた。
翌日、午後四時。
ふたりは、久しぶりに並んでベンチに座った。
カップに注がれたコーヒーの湯気が、ほんのりと香った。
「……この時間、好きになれそうです」
「はい、わたしも。名前を呼ばれるのが、また楽しみになりました」
コーヒーの香りと共に、ふたりの心の距離がまた少しだけ、近づいていた。
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