その日、森田健一は少しだけ早めに図書館に着いた。
梅雨入り前の貴重な晴れ間。空気はやわらかく、歩道の脇ではツツジが陽に照らされて赤々と咲いていた。
入口にある掲示板には「図書ボランティア募集」の紙が新しく貼られていた。その端に、見覚えのある柔らかな文字で「質問はカウンターの江原まで」と添えられているのを見て、健一は自然に笑みをこぼした。
館内に入ると、静かな空気の中に紙の匂いが満ちていた。
本棚の間をゆっくり歩いていると、ふと、懐かしい背表紙が目に留まった。
『風の丘のうた』
昭和の終わりに出版された古いエッセイ集。
若い頃、健一がひとり暮らしを始めた頃に読んだ記憶がある。時には寂しさを紛らわせ、時には静かに心に沁みた一冊だった。
取り出そうと手を伸ばしたとき、横の棚から手が伸びてきた。
「——あっ」
それは久美子だった。
ふたりは互いの手がすれ違いそうになり、思わず目を見合わせた。
「おはようございます、森田さん。……もしかして、これ?」
「ええ、懐かしくて。若い頃、読んだんです」
「私も好きな一冊なんです。表紙の色合いも、文章も……」
「やさしいですよね。過剰じゃなくて、でも、深くて」
しばしの沈黙。ふたりは、本を手にしたまま、立ち読みするように並んでページをめくった。
同じ本を、同じ場所で、同じように読んでいる。それだけのことなのに、不思議と心が静かに整っていく気がした。
「昔、この本の中に出てくる“風の音を覚えてる家”って表現が好きでね……」
「私も。音の記憶って、時間を飛び越えてくるんですよね。風の匂いも、そう」
「匂い……」
健一は、ふと昔の実家を思い出した。畳の匂い、干した布団の匂い、そして祖母がよく焚いていた線香の香り。
「本棚の間を歩いてると、たまに風が抜けるでしょう? あの感じが、私、好きなんです」
「……たしかに。言われてみれば、あの瞬間、ちょっとだけ外の世界とつながるような気がしますね」
その後、ふたりは中庭のベンチで昼前のひとときを過ごした。
久美子は、布張りの軽い読書用クッションを膝にのせて、本を読みはじめる。健一は、それを横で見守りながら、持参したノートに短く感想を書きつけていた。
「日記、つけてるんですか?」
「読んだ本と、その時の気分だけ、書いてるんです。なんというか……残しておきたくて」
「いいですね。私も昔、同じようなノートをつけてました」
「……よかったら、今度、見せてくれますか?」
久美子は少し照れくさそうに笑った。
「恥ずかしいけど……考えておきます」
風が吹き、ページがふわりとめくれた。
その風のにおいに、ふたりはそっと目を閉じた。
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