春の終わり、南條秀一と江藤玲子は、ひとつの約束を果たすために小さな町へと向かった。
30年以上前、ふたりの記憶が静かに交差していたあの場所――
石垣の残る斜面のそばに、黄色い菜の花が群れていた。
空はうすく晴れていて、少し強めの風が吹いていた。
それでも空気はどこかやさしく、ふたりの背をそっと押していた。
「ここですね……あの写真の場所」
玲子はバッグからスケッチブックを取り出し、折りたたみ椅子に腰を下ろした。
その横で、秀一は三脚を組み立て、古いフィルムカメラにフィルムを装填する。
「本当に、あのときあなたがここにいたなんて。信じられないような、不思議な気持ちです」
「こうしてふたりでまた、ここに立ってることも、充分に不思議ですよ」
ふたりは微笑み合い、ゆっくりと作業に入った。
玲子の筆が走る音と、秀一のカメラのシャッター音が、交互に響く。
言葉は少ないが、そこには確かな対話があった。
それぞれの視点で、同じ景色を見て、記録して、描きとめる。
色と光が、ふたりの内側から静かににじんでいくようだった。
やがて、玲子のスケッチが完成した。
「見ます?」
「もちろん」
スケッチには、石垣と菜の花、そして小さなスケッチブックがひとつ描かれていた。
まるで“過去の自分”に、いまの自分が寄り添っているような構図だった。
「昔は“見せるため”に描けなかった。でも今は、“誰かと見たい”と思えるようになりました」
「それは、素敵な変化ですね。……私もです。
昔は、誰かに届く写真を撮らなきゃって思ってました。でも今日は、あなたと“共有したくて”撮ったんです」
時間がゆっくりと流れる。
春の陽射しの中で、ふたりはもう一度景色を見つめ直した。
「花って、咲くのを急がないですね」
玲子がぽつりと呟いた。
「ええ。咲くときがくれば、必ず咲く。……人も、そうかもしれません」
ふたりの肩が自然と並び、風がそっと髪を撫でた。
その午後、確かに小さな花が、
ふたりの間に、静かに咲いたのだった。
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