愛は終わらない、暮らしも変わる  第6章 心の奥に咲く声

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 日曜日の午後、街の図書館は静けさに包まれていた。ガラス張りの窓から差し込むやわらかな陽光が、木製の机に優しい影を落としている。

 誠一は涼子と並んで座っていた。

 「この間の原稿、続きを読ませてくれる?」

 涼子が小声で訊ねる。

 誠一は一瞬戸惑ったが、すぐに鞄の中から封筒を取り出し、ページを差し出した。

 涼子が読む間、誠一は隣でそっと目を閉じた。机の上には、館内の静けさと、ページをめくる紙の音だけが響いていた。

 「……続きを書く気はあるの?」

 涼子の問いに、誠一は目を開けて彼女を見つめた。

 「どうかな……最近、少しずつ思い出してきた。書くことの楽しさとか、自分の中の言葉とか」

 涼子は微笑んだ。

 「だったら、また書いてみて。誰かが待ってるかもしれないから」

 その一言が、誠一の胸にすっと入り込んだ。

 ふたりは図書館を出て、近くの公園へと足を延ばした。噴水のそばのベンチに腰掛けると、春を待つ風が頬を撫でていった。

 「若い頃は、結果ばかり気にしていた気がする。書くなら賞を獲らなきゃとか、本にしなきゃって」

 「でも今は?」

 「今は、ただ誰かに読んでもらえたら嬉しい。あなたみたいに、ちゃんと読んでくれる人に」

 涼子は黙って頷いた。

 沈黙の中に、心の奥から小さな声が咲いていく。

 やがて涼子が言った。

 「私もね、昔は朗読が好きだったの。誰かの文章を声に出して読むのが。上手くはないけど……伝えたいって気持ちはあって」

 「今は?」

 「……またやってみたいなって思ってる」

 誠一はゆっくりと笑った。

 「じゃあ、僕が書いて、君が読んでくれるっていうのはどう?」

 「うん。すてきね」

 ふたりの間に、風が吹き抜ける。

 その風は、過去から未来へと向かう橋のようだった。

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