会社倒産からの船出 第7章:転機

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 初夏の風が網戸越しに部屋を通り抜けていく。三浦智也はパソコンの前で、後輩からのメールを見つめていた。

 「よかったら、うちのプロジェクト手伝ってもらえませんか?」

 送り主は、かつて同じ広告代理店で働いていた後輩・藤原だった。今はスタートアップ系のIT企業で、マーケティング責任者として働いているらしい。

 智也はすぐに返信を書いた。「もちろん、喜んで手伝います」

 しばらくして、ビデオ通話が始まった。

 「お久しぶりです、三浦さん。正直、お願いするの迷ったんですよ。でも、どうしても……伝えたくて」

 藤原の背景にはモダンなオフィスが映っていた。彼は続けた。

 「実は、僕がいま手がけてるプロジェクト、三浦さんの昔のコピーが原点なんです。“言葉は光だ”ってキャンペーン、覚えてます?」

 あのキャンペーン。懐かしさが胸を打った。自分が全力で企画し、形にした仕事だった。

 「だから、また一緒にやってみたくて。今の若手に伝えたいもの、あるはずです」

 智也は何度もうなずいた。こうして、自分の言葉が、時を超えて誰かに届いていたという事実に、思わず胸が熱くなった。

 プロジェクトはSNS広告とLP制作。予算は少ないが、自由度は高い。智也は久々に、本気でアイデアを練った。

 「対象者のペルソナをもっと絞ったほうがいい」「この言葉、ちょっと若者に伝わりづらいかも」

 フィードバックは忖度がなかったが、だからこそやりがいがあった。

 やがて、LPが公開され、広告も運用開始。数日後、アクセスが跳ねた。

 「CV率、過去最高です!」

 藤原がチャットでそう送ってきたとき、智也は深く息を吐いた。

 ——まだ、終わってなかったんだ。

 その頃、収益も月に20万円を超え始めていた。日雇いを減らし、家にいる時間が増える。

 そんな中、母の病状が急変した。

 病院のベッドで、母は智也の手を握った。

 「お前は……優しい子だったよ。お父さんに似て、頑固だけどね」

 最後の笑顔だった。数日後、母は静かに息を引き取った。

 葬儀の日、親戚の一人がぽつりと言った。「お前、最近、顔が明るくなったな」

 涙と笑みが混じったその日。智也は母の写真に誓った。

 ——俺は、俺の言葉で、もう一度生きていく。

 後日、藤原から正式に顧問契約の話が届いた。

 「月5万円と少ないですが、継続してお願いできませんか?」

 智也は微笑んで答えた。「こちらこそ、ありがとう」

 そして、パソコンを開き、新たな記事のタイトルを書いた。

 《言葉が未来を変えるとしたら——50代から始めるWebライティング》

 キーボードの音が、静かな部屋に響いた。

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