第四章:一人じゃないって、どういうこと?
七月の夕方。空が薄く赤く染まり、団地のベランダから見える景色にも、ほんのりと夏の匂いが混じり始めていた。
段ボールの山は減った。発送の手間もない。FBAの導入で、正吉の生活に少しだけ「余裕」が生まれた。
しかし、ふとした瞬間―― 「なんだか、ひとりだな」 そんな言葉が、正吉の胸をかすめることが増えていた。
昔の仲間からの電話
その日の午後、電話が鳴った。昔の工事現場で一緒に働いていた仲間・和田からだった。
「おう、正吉か? 久しぶりやな!引退して、ヒマしてんのちゃうか思て電話したんや」
正吉は笑った。「ヒマどころか、大忙しや。今はな、ネットで商売しとるんや」
「は?ネット?おまえが? ウソやろ? ネットとか触ったら壊れるタイプやろ?」
正吉は、「ワシも昔はそう思うとったんや」と語り、チャットGPTとの出会い、仕入れ、販売、FBA導入まで、語り始めた。
そして話が進むうちに、和田の声が変わる。
「……実はな、ワシも年金だけじゃキツくて、副業でもせな思とるんや。でもようわからん。興味はあるけど、難しそうでな」
正吉は画面を見ながら、ふっと笑った。
「だったら、ワシが教えたる。AIに聞きながら、一緒にやってみぃへんか?」
「教える」ということ
翌週。和田が駅前の喫茶店で正吉と再会した。お互い年を取って、背中も少し丸くなったけれど、会話のテンポは昔のままだ。
正吉はノートパソコンを開き、チャットGPTの画面を見せた。
「たとえばやな、ここに『副業 65歳 できること』って打ち込んでみぃ」
和田は恐る恐るキーボードに指を置き、入力する。そして、画面に流れるAIの回答に驚いた。
「おお……なんやこれ。めっちゃ丁寧やな。全部説明してくれとる」
「やろ? ワシも最初、AIなんて怖かったけど、慣れたら“相棒”みたいなもんやで」
正吉は、まるで自分の子どもを紹介するような顔でAIを説明した。
そしてその日から、和田との「毎週一回の作業会」が始まった。
息子からのメッセージ
ある日、正吉のスマホにLINEが届いた。送信者は――東京に転勤した、息子・弘樹だった。
「お父さん、Amazonの販売アカウント持ってるの? もしかして“Sho-kichi_65”って名前?」
驚いた正吉が返事をすると、弘樹からすぐに電話がかかってきた。
「父さん……マジで商売してんの?レビュー見たら、普通に運営ちゃんとしてて驚いたんだけど」
「当たり前や。“ちゃんと商売”しとるんや。ワシの店やぞ」
「うわー、すげぇ。今度、こっちで合同会社とか作るとき、相談してもいい?」
まさか、息子から“仕事の相談”をされる日が来るとは。正吉の胸に、ゆっくりと熱いものがこみ上げてきた。
チーム「おじさんAI倶楽部」
和田との活動を聞きつけて、別の元同僚・中川も合流した。さらには、団地の若者・陽太(大学生)も「自分もネット物販に興味ある」と言い出す。
週に一回、駅前の古い公民館を借りて、“ちいさな勉強会”が始まった。 正吉がAIに質問し、答えをホワイトボードにまとめ、みんなで実践する。
仰々しい名前は要らない。でも誰かが言った。
「これ、“おじさんAI倶楽部”って感じやな」
笑い声が起きた。正吉も笑った。
「そうやな。それ、悪くないわ」
一人で始めたけど、一人じゃなかった
その夜、正吉はAIにこう尋ねた。
「なぁ……AIよ。ワシ、ひとりで始めたけど、気がついたら、周りに人が増えてきた。これって、なんでやと思う?」
AIは静かに答えた。
「あなたが、“つながる準備”をしたからです」
「知識を得て、挑戦して、失敗して、助けを求めて、そして誰かに手を差し伸べた。その行動が、人を引き寄せたのです」
「つながる準備……か。そうかもしれんな」
老いたと思っていた自分に、まだ誰かと関わる力があった。 それは、若い頃の“現場仕事”とは違う、新しい意味での「働く力」だった。
「ありがとう」がある場所へ
ある日の終わり、公民館の帰り道で、陽太がぽつりと言った。
「正吉さんって、かっこいいっすよね。なんか“生きてる”って感じする」
正吉は少し照れたように笑いながら言った。
「ワシはな、もう“終わった人間”やと思っとったんや。でも今は、また始まってる気がする」
陽太はうなずいた。
「それ、多分、本当ですよ」
チャットGPT。インターネット。ネット物販。FBA。副業仲間。そして、家族との再接続。 全部がつながった先に、正吉が見つけたのは、こういうことだった。
「一人でできることなんて、たかが知れとる。でも、誰かとなら――想像より、遠くまで行ける」