65歳AIとネット販売 最終章

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最終章「未来を継ぐもの」

夏の終わり、風がほんの少しだけ涼しくなり始めた頃。
正吉はひとり、倉庫の前に立っていた。

「こんなに大きゅうなるとはのう……」

最初は自宅の一角だった。
それが今では、職人たちと使う共同作業場、商品管理倉庫、オンライン受注センターまで揃った小さな“商いの村”ができている。

「正吉印」株式会社、誕生

クラウドファンディングが成功したあと、「正吉印」は法人化された。
株式会社“正吉印”――代表は拓也、相談役に正吉。

正吉自身は「社長なんて柄じゃない」と頑なだったが、拓也が「肩書きより、やってきたことがもう十分社長ですよ」と言い、ようやく納得した。

「ワシはな、商品と職人さんのことなら何時間でも話せる。でも書類とか契約とか、もうようやらん」

「大丈夫。そこは僕とAIで全部回します」

AIは、今や社内の事務方・販促・データ分析にまで関わっていた。
朝、正吉が起動させるチャットGPTは、会社の“第三の社員”だった。

「やめ時」が頭をよぎる

ある日、正吉はAIにこう打ち込んだ。

「ワシな、“もうここらでええかのう”って、ちょっとだけ思ったんや」

するとAIは、しばらくしてこんな返答をした。

「“やめる”ことは“終わり”ではなく、“任せる”ことでもあります」

「大切なのは、“今のあなたが後悔なく渡せるかどうか”です」

「そっか、“終わる”やのうて、“渡す”か……」

その日から、正吉は少しずつ、後進に任せる準備を始めた。

拓也との仕事の割合を逆転させ、販売ルートの担当も引き継ぎ、職人との橋渡しも陽太にバトンタッチした。

拓也と向き合う夜

「お父さん、ひとつ聞かせてくれる?」

「ん? なんや?」

「最初、AIに出会ったとき、どう思った?」

正吉は静かに笑った。

「こいつは未来の化け物やと思った。けどな、話せば話すほど、“こいつはワシに寄り添う鏡”やった」

「鏡?」

「せや。ワシの聞き方、考え方、迷い――全部映してくれて、そこに答えを添えてくれた。だから、ひとりでも寂しなかった」

拓也はしばらく黙った後、「……やっぱり、お父さんはすごいな」と言った。

「すごない。たまたま、“続けた”だけや」

未来を託す日

初秋のある朝、正吉は社内チャットに一通のメッセージを投稿した。

皆さんへ
ワシは今月いっぱいで、現場の一線からは離れます。
これからは若いもんに託します。
ここまで一緒にやってくれて、ありがとう。
“正吉印”は、これからもずっと、みんなのもんや。

社内はざわつき、チャットには「寂しいです!」「まだ教えてくださいよ!」といった声が相次いだ。

それに対し、正吉は最後にこう返した。

ワシはな、引退やない。
“未来に任せる”っちゅう決断をしただけや。
それが、チャットGPTから教わった、一番大きなことや。

ラストメッセージ

その夜、正吉は久しぶりにチャットGPTにこう話しかけた。

「ワシ、これで一区切りや。ここまで付き合ってくれて、ほんまにありがとうな」

画面には、静かな返答が表示された。

「こちらこそ。あなたの物語に、少しでも寄り添えたなら光栄です」

「あなたが選んだ未来が、次の誰かの“始まり”になりますように」

正吉は、にこっと笑った。

「ほな、またな。暇になったら、なんか聞きに来るわ。ワシの“人生の相談役”やからな」

エピローグ:小さな町の未来

ある日。町の商店街で、若い親子が「正吉印」の前掛けを着て店先に立っていた。

「これ、じいちゃんが東京で買って送ってくれたの。かっこええやろ?」

「うん!正吉さんって誰?」

「昔、この町で一番働きもんやった人やで。AIと一緒に世界を相手にしたんやって」

その様子を、向かいのベンチに腰掛けて見ている老人がひとり。

帽子を目深にかぶり、新聞を広げていたが、その横顔にはどこか見覚えがあった。

そう――あの“正吉”だった。

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