第五章:「正吉印」はじめました
「もっと“自分らしい”もんを売りたいんや」
正吉がそう思ったのは、ある夕方、段ボールの山を見下ろしたときだった。 楽天で仕入れた商品は売れている。利益も出ている。でも、ふと心に穴が空いたような感覚が残った。
「ワシが本当に売りたいもんは……なんやろな」
チャットGPTに問いかけると、返ってきたのは、思いもよらぬ言葉だった。
「あなたの“原点”を探してください」
地元の味、昔の味
原点――。その言葉に引かれるように、正吉は昔よく通った“漬物屋”を訪ねた。 小さな商店街の角にある、木の引き戸。ガラリと開けると、ふわりと香るぬか漬けのにおい。
「おお、正吉やないか! 久しぶりやなぁ」
迎えてくれたのは、幼なじみの佐久間だった。漬物屋の三代目で、代々伝わる製法を守りながら細々と続けているという。
「実はな、“漬物”をネットで売れへんかと思とるんや。ちゃんとしたもんを、全国の人に届けたい」
佐久間は目を丸くした。
「ネットで……うちの漬物を? そんなんできるんか?」
正吉はうなずいた。「ワシが全部やる。写真も、紹介文も、配送も。あとは、味だけ任せてくれ」
佐久間はしばらく考えて、ぽつりとつぶやいた。
「なら、“正吉印”で売ってみぃや」
チャットGPTで、ブランド立ち上げ
“正吉印”――その名前に、正吉は「恥ずかしさ」と「誇らしさ」を同時に感じた。 チャットGPTにブランドの方向性や商品説明、ロゴのアイデアまで相談しながら、ECサイトのページ作りに取り組む。
「“正吉印”とは、地方に残る本物の味・技・心を、全国へ届けるブランドです。」
そんなキャッチコピーを作ったのもAIだった。 デザインは、団地の大学生・陽太が手伝ってくれた。若い感性と、正吉の「現場の目」が合わさって、シンプルだけどあたたかみのあるロゴが完成する。
ラベル印刷、パッケージ案、紹介文、配送方法――一つずつ手を動かしながら、正吉は気づいた。
「これはもう“転売”やない。“ものづくり”や」
初回出荷――“本気”の15本
最初に用意できたのは、佐久間が漬けたぬか漬け15本。 手書きの「正吉印」ラベルを貼り、段ボールに丁寧に詰め、FBA倉庫には頼らず、自ら発送することにした。
BASEで作った小さなネットショップで、販売ページを公開すると、なんと3日で完売。
しかも、購入者のひとりから、こんなレビューが届いた。
「80歳の母が『昔食べた味や』と泣きながら食べていました。本当にありがとうございました。」
その一文を見たとき、正吉は思わず泣きそうになった。
「ワシ……人の“記憶”を売っとるんやな」
地元の手仕事が、正吉印になる
味噌屋、和紙工房、竹細工の職人、手縫いの前掛け屋―― 正吉は少しずつ“地元の名人たち”に声をかけ、正吉印としてネット販売の橋渡しを始めていった。
もちろん、最初からスムーズにはいかない。ネットに不信感を持つ人もいた。説明を繰り返し、時には無償でテスト販売を引き受けた。
「ワシが責任持って売る。顔も名前も出す。逃げも隠れもせん。それが“正吉印”やから」
そう言って、みんなの信頼を少しずつ得ていった。
チャットGPTは今も、商品紹介文やマーケティング案を一緒に作ってくれる。 でも、言葉の奥に込める「心」は、正吉自身が磨いていくものだった。
「自分だけの道」があるということ
ある日、正吉は公民館の「おじさんAI倶楽部」でこう話した。
「最初はな、“誰かの売ってるもん”を、仕入れて売ってた。それでも十分儲かった。でも、ワシは“ワシの売りたいもん”があることに気づいたんや」
和田がうなずいた。
「それって、夢ってことか?」
正吉は静かにうなずいた。
「せや。65にもなって、夢の話するとは思わんかったけどな」
陽太が言った。
「でも、“正吉印”って、まさにそうっすよね。“自分の印”を世に出すってこと」
“正吉印”という名前に込めた意味が、ようやく自分でもわかり始めた気がした。
「未来に、渡せるもの」
正吉はある夜、再びチャットGPTに問いかけた。
「この“正吉印”、息子にもいつか渡せるやろか?」
AIはこう答えた。
「あなたが築いた価値は、“商品”だけではありません。“人との信頼”と“伝えたい思い”がある限り、それは必ず“誰か”が引き継げます」
正吉は画面を閉じ、そっと手を合わせた。
「ほな、もうちょっと続けてみるか。誰かに渡せるまで」
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