第三章:売れすぎて地獄
六月。梅雨空が続く中、正吉のネットショップは“嵐のような売上”に見舞われていた。 そう、これは喜ばしい嵐――の、はずだった。
「すげぇ……止まんねえ!」
「売れた」「また売れた」「まだ売れた」
スマホに次々と届く「注文通知」に、正吉は驚きと興奮を隠せなかった。
その商品は、キャンプ用の「折りたたみ式焚き火台」。 AIが提案してきた“季節トレンド商品”のひとつだった。
「これからの時期、アウトドア関連商品は需要が急増します」 「中でも、“初心者向けかつ収納性が高い”アイテムは売れ筋です」
楽天で2,480円で仕入れた商品を、Amazonで3,980円で販売。 利益は一つあたり1,000円近く。しかも、毎日3~4個ずつ売れる。 正吉は“在庫の山”を見ながら、心の中でニヤニヤが止まらなかった。
「なぁ、AIよ。これ、ワシ……“大成功”ってやつじゃねぇか?」
「はい。しかし、“売れすぎ”には注意が必要です」 「補充・発送・評価管理が追いつかないと、信頼を失う可能性があります」
「大丈夫、大丈夫。やればできるって」
正吉はその忠告を“老人扱いの遠慮”と受け取り、どこか鼻で笑ってしまっていた。
始まりは、在庫不足だった
数日後、注文の勢いはさらに加速した。 一日で12件、14件、ついに20件近い注文が入る。
焦る正吉は、仕入先である楽天の店舗ページを開いた――
「え……売り切れ?」
慌てて別の仕入先を探すも、すでにどこも“キャンプシーズン”真っ只中。 同じ商品はプレミア価格になっており、仕入れ値はなんと3,600円まで跳ね上がっていた。
「これじゃ、利益どころか赤字じゃねえか……」
残る在庫は5個。だが注文は8件。足りない。
ついに、正吉は初めての「キャンセル対応」をすることになった。
「すみません」は武器じゃない
商品を発送できないことを購入者に伝えるため、Amazonのメッセージ機能を使って“お詫び”を書いた。
ご注文ありがとうございます。誠に申し訳ありませんが、在庫切れのためキャンセルとなります。
その後、購入者から届いた返信には、厳しい言葉が並んでいた。
楽しみにしていたキャンプに間に合いませんでした。二度と利用しません。
連絡が遅い。誠意が感じられない。
評価は「★☆☆☆☆」「★★☆☆☆」。 正吉の出品アカウントの評価率が一気に下がる。
「すみませんって……言ったのに……」
このとき、彼は痛感した。 “謝罪だけでは、信頼は取り戻せない”ということを。
AIは言った。「売る前に、考えることがある」
落ち込む正吉に、AIは静かに話しかけた。
「成功とは、偶然の重なりでは続きません」 「仕組みと準備があってこそ、初めて“商売”になります」
「……ワシ、舞い上がってたんだな」
ノートを開いて、失敗の記録をつける。 商品名、販売数、在庫の管理ミス、評価ダウンの影響、そして次に活かすべき学び。
【学び】 ・在庫は必ず「発注→販売」の順番に。 ・売れる兆候が見えたら、早めに追加仕入れ。 ・発送スピードと対応は“信用”に直結する。 ・売れすぎもリスクである。
正吉は、小さく首を振りながらつぶやいた。
「ワシ、“商売”なめとったわ……」
「外注って、なんだ?」
発送や仕入れに追われて、日常がめちゃくちゃになっていた。 飯を食う時間も削り、風呂に入るのも忘れ、段ボールに囲まれて寝落ちする日もあった。
「ワシが二人いりゃな……」
そうつぶやいた正吉に、AIが提案をしてきた。
「“外注”や“発送代行”を検討する時期かもしれません」 「あなたが“選ぶこと”に集中できる仕組みを作るべきです」
「外注? そんな、誰かに頼むなんて……」
しかし、老体に鞭を打って毎日段ボールを運ぶ自分の姿に、正吉は少しずつ「効率化」の必要性を理解し始めた。
その週末、AIと相談しながら「FBA(Fulfillment by Amazon)」という仕組みにチャレンジする決意を固める。
働き方を変える
FBAとは、Amazonの倉庫に商品を送っておけば、注文が入ったらAmazonが自動で発送してくれるというシステムだった。
手続きは難しそうに見えたが、AIが丁寧に導いてくれた。
「今までの“現場作業”から、“管理者”になるための第一歩です」
初めてFBA倉庫に商品を送った日、正吉はちょっと不安そうに箱を見送った。 でも、同時にどこか「自分が一段ステージを上がったような」気もしていた。
「ワシ、社長になったみてぇだな……」
小さな会社の、小さな社長
在庫切れ、キャンセル、低評価―― 確かに正吉は痛い目を見た。だけど、その経験がなかったら、FBAにも外注にも踏み切れなかった。
最初の成功は、ただの“偶然”。 でも次の成功は、“準備と判断”の結果だった。
いま正吉のノートには、こう書かれている。
【これからの方針】 ・無理な注文を取らない。 ・売上より信頼。 ・体力を使う作業はAIと分担。 ・“働く”じゃなく、“まわす”へ。
「なぁ、AI。ワシの仕事、ようやく“形”になってきた気がする」
「はい。あなたはもう、ただの“仕入れ人”ではありません」 「“仕組みをつくる人”です」
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