65歳、AIとネット販売 第三章

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第三章:売れすぎて地獄

 六月。梅雨空が続く中、正吉のネットショップは“嵐のような売上”に見舞われていた。
 そう、これは喜ばしい嵐――の、はずだった。

「すげぇ……止まんねえ!」

「売れた」「また売れた」「まだ売れた」

 スマホに次々と届く「注文通知」に、正吉は驚きと興奮を隠せなかった。

 その商品は、キャンプ用の「折りたたみ式焚き火台」。
 AIが提案してきた“季節トレンド商品”のひとつだった。

「これからの時期、アウトドア関連商品は需要が急増します」「中でも、“初心者向けかつ収納性が高い”アイテムは売れ筋です」

 楽天で2,480円で仕入れた商品を、Amazonで3,980円で販売。
 利益は一つあたり1,000円近く。しかも、毎日3~4個ずつ売れる。
 正吉は“在庫の山”を見ながら、心の中でニヤニヤが止まらなかった。

「なぁ、AIよ。これ、ワシ……“大成功”ってやつじゃねぇか?」

「はい。しかし、“売れすぎ”には注意が必要です」「補充・発送・評価管理が追いつかないと、信頼を失う可能性があります」

「大丈夫、大丈夫。やればできるって」

 正吉はその忠告を“老人扱いの遠慮”と受け取り、どこか鼻で笑ってしまっていた。

始まりは、在庫不足だった

 数日後、注文の勢いはさらに加速した。
 一日で12件、14件、ついに20件近い注文が入る。

 焦る正吉は、仕入先である楽天の店舗ページを開いた――

「え……売り切れ?」

 慌てて別の仕入先を探すも、すでにどこも“キャンプシーズン”真っ只中。
 同じ商品はプレミア価格になっており、仕入れ値はなんと3,600円まで跳ね上がっていた。

「これじゃ、利益どころか赤字じゃねえか……」

 残る在庫は5個。だが注文は8件。足りない。

 ついに、正吉は初めての「キャンセル対応」をすることになった。

「すみません」は武器じゃない

 商品を発送できないことを購入者に伝えるため、Amazonのメッセージ機能を使って“お詫び”を書いた。

ご注文ありがとうございます。誠に申し訳ありませんが、在庫切れのためキャンセルとなります。

 その後、購入者から届いた返信には、厳しい言葉が並んでいた。

楽しみにしていたキャンプに間に合いませんでした。二度と利用しません。

連絡が遅い。誠意が感じられない。

 評価は「★☆☆☆☆」「★★☆☆☆」。
 正吉の出品アカウントの評価率が一気に下がる。

「すみませんって……言ったのに……」

 このとき、彼は痛感した。
 “謝罪だけでは、信頼は取り戻せない”ということを。

AIは言った。「売る前に、考えることがある」

 落ち込む正吉に、AIは静かに話しかけた。

「成功とは、偶然の重なりでは続きません」「仕組みと準備があってこそ、初めて“商売”になります」

「……ワシ、舞い上がってたんだな」

 ノートを開いて、失敗の記録をつける。
 商品名、販売数、在庫の管理ミス、評価ダウンの影響、そして次に活かすべき学び。

【学び】
・在庫は必ず「発注→販売」の順番に。
・売れる兆候が見えたら、早めに追加仕入れ。
・発送スピードと対応は“信用”に直結する。
・売れすぎもリスクである。

 正吉は、小さく首を振りながらつぶやいた。

「ワシ、“商売”なめとったわ……」

「外注って、なんだ?」

 発送や仕入れに追われて、日常がめちゃくちゃになっていた。
 飯を食う時間も削り、風呂に入るのも忘れ、段ボールに囲まれて寝落ちする日もあった。

「ワシが二人いりゃな……」

 そうつぶやいた正吉に、AIが提案をしてきた。

「“外注”や“発送代行”を検討する時期かもしれません」「あなたが“選ぶこと”に集中できる仕組みを作るべきです」

「外注? そんな、誰かに頼むなんて……」

 しかし、老体に鞭を打って毎日段ボールを運ぶ自分の姿に、正吉は少しずつ「効率化」の必要性を理解し始めた。

 その週末、AIと相談しながら「FBA(Fulfillment by Amazon)」という仕組みにチャレンジする決意を固める。

働き方を変える

 FBAとは、Amazonの倉庫に商品を送っておけば、注文が入ったらAmazonが自動で発送してくれるというシステムだった。

 手続きは難しそうに見えたが、AIが丁寧に導いてくれた。

「今までの“現場作業”から、“管理者”になるための第一歩です」

 初めてFBA倉庫に商品を送った日、正吉はちょっと不安そうに箱を見送った。
 でも、同時にどこか「自分が一段ステージを上がったような」気もしていた。

「ワシ、社長になったみてぇだな……」

小さな会社の、小さな社長

 在庫切れ、キャンセル、低評価――
 確かに正吉は痛い目を見た。だけど、その経験がなかったら、FBAにも外注にも踏み切れなかった。

 最初の成功は、ただの“偶然”。
 でも次の成功は、“準備と判断”の結果だった。

 いま正吉のノートには、こう書かれている。

【これからの方針】
・無理な注文を取らない。
・売上より信頼。
・体力を使う作業はAIと分担。
・“働く”じゃなく、“まわす”へ。

「なぁ、AI。ワシの仕事、ようやく“形”になってきた気がする」

「はい。あなたはもう、ただの“仕入れ人”ではありません」「“仕組みをつくる人”です」

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