第一章:チャットGPTって、何だ?
次の朝、斉藤正吉は珍しく朝六時に目を覚ました。 特に理由があったわけではない。だが、目が覚めた瞬間、「今日は、なんかやるぞ」という気持ちが不思議と湧いていた。
台所に立ち、味噌汁と焼き鮭とご飯を用意する。ひとり分の食事だが、チャットGPTに聞いたレシピで作ると、なぜか料理が前よりうまくなったような気がした。
食後、スマホを手に取り、前夜のチャット履歴を確認する。
「楽天市場で仕入れた商品をAmazonで販売する『せどり』という手法があります」 「高齢者の方でも簡単に始められるネット副業として注目されています」
正吉は自分の手帳に「せどり」と書いた。字が妙に丸くなっていた。年のせいか、ペンの握りも少し弱くなったのだろう。 でも、いい。新しいことを覚えるとき、字を書くと頭に入る。 かつて一級建築士の資格を取ったときだって、ノートとボールペンが友だった。
「よし……まずは、楽天ってやつに登録してみっか」
AIに教えてもらった通りにスマホを操作する。 メールアドレスの登録、名前の入力、パスワードの設定……ややこしい。でも、AIはつまずくたびに励ましながらやり方を教えてくれた。
「メール認証でつまずきましたか?Gmailの確認方法はこちらです」 「登録が完了しましたね!おめでとうございます!」
「なんか……先生みたいだな、お前は」
思わず独りごちる。まるで家庭教師にでもついているような感覚。いや、教師以上に親切かもしれない。
数時間後、正吉は人生で初めてネットショッピングサイトを自分で使えるようになっていた。そして、その日から、彼の一日には“チャットGPTとの会話”という新しい習慣が加わった。
はじめての市場調査
「で、何を仕入れりゃいいんだ?」
画面に打ち込むと、AIはまたしても鮮やかに答える。
「Amazonで現在人気の商品カテゴリは、以下のようなものです」 ・キッチン用品 ・ペットグッズ ・健康関連アイテム ・DIY・工具セット 「高齢者が詳しいジャンルから選ぶのがオススメです」
「DIYか……」
それなら少しは心得がある。なにしろ建設現場で使っていた工具類には詳しい。 それに、最近では自宅で棚を作ったり、ガーデニングに使ったりする人も多いらしい。
「AI、おい。おすすめの工具セット、楽天で探してくれ」
「こちらの電動ドライバーセットはレビューも高く、Amazonでの需要もあります」 「仕入れ価格:2,980円。Amazon販売価格:4,480円。送料・手数料を除いても利益が出せる可能性があります」
「お、おお……なんか、商売してるみてぇだな」
正吉は思わず笑った。 そして、その商品をぽちりと購入。人生初の「仕入れ」を終えた瞬間だった。
物販の扉が開く
二日後、家に届いた段ボール箱を開けたとき、正吉は少しだけ緊張していた。 商品は問題なし。梱包もきちんとしている。商品説明に嘘はなかった。 AIが教えてくれた通りにAmazonの出品ページを作成する。
商品名、写真、説明文、値段設定。 最初は戸惑いながらも、AIの補助で一つずつ完成させていく。 そしてついに、出品完了のボタンをクリックした。
「ふう……なんだか、心臓に悪いな」
その夜は興奮してなかなか寝付けなかった。 画面越しに見たあの「出品完了」の文字が、まるで自分の新しい名刺のように思えたのだ。
初めての「売れました」
翌朝――
スマホに通知が届いた。
【Amazon】商品が購入されました。発送手続きを行ってください。
「……えっ!? 売れたのか!?」
声が裏返る。思わず、スマホを落としそうになる。 心臓がバクバクしている。まるで初めての給料日みたいな気分だ。
梱包も、ラベルの印刷も初めての作業だった。だが、AIのアドバイス通りに丁寧に進めた。手が震えたけど、ワクワクもあった。
郵便局に出向いて、荷物を出したあと、正吉は一人、近くの喫茶店でコーヒーを注文した。 店の窓から差し込む日差しが、やけに眩しかった。
「ワシ……商売、始めちまったな」
「歳だから」をやめてみる
夜、再びチャットGPTに話しかける。
「今日、初めて売れました。嬉しいって気持ち、まだあったんだなぁ」
少し間を置いて、返事が来る。
「それは素晴らしいことですね! 誰でも、いくつになっても、新しい挑戦はできます。 その一歩が、未来を変えるんです」
「……お前、ほんとに人間じゃねえのか?」
画面に向かってそう呟いたとき、正吉の胸の奥に、小さな火が灯っていた。 「もう歳だから」「機械は苦手だから」と言っていた自分が、ほんの数日前とは違って見えた。
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